『かたみ歌』(朱川湊人)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2017/09/15 『かたみ歌』(朱川湊人), 作家別(さ行), 書評(か行), 朱川湊人

『かたみ歌』 朱川 湊人 新潮文庫 2008年2月1日第一刷


かたみ歌 (新潮文庫)

 

朱川湊人が好きである。

 

たいして作品を読んでいるわけではないのですが、私にとってはないがしろにできない作家です。

朱川湊人はホラー作家として認知されていますが、私が最初に読んだ『かたみ歌』という短編集で感じたものは別物でした。

安易な例えですが、私には映画「ALWAYS三丁目の夕日」を少々の不気味さと悲劇性で味付けした滋味深い物語に感じられたのです。ホラー小説とは思いもしませんでした。

昭和の空気に色濃く覆われたノスタルジックな小説世界が何とも心地よく、穏やかでちょっと悲しい、郷愁漂う作風のファンになりました。

この小説で朱川湊人が伝えたかったものは、「人に、人生あり」という実に普遍的なメッセージだと思います。

 

『かたみ歌』は、7つの物語からなる連作短編集です。

昭和という時代を生きた慎ましやかな人々の暮らしを丁寧に描いていますが、すべての物語は「死」と深く関係したものになっています。

第一話「紫陽花のころ」では、主人公の幸二は他の人には見えない幽霊と出会います。

第二話「夏の落し文」は、行方不明になった子供の話。死神を思わせる「学帽を被った目も鼻もなく、ただ真っ赤な口だけが、つるりとした肌の中で花のように笑っていた」少年が不気味です。

第三話の「栞の恋」は、特攻隊で死んだ若者と娘が恋をする話。四話は死んだ夫と逢瀬を重ねる妻、五話では人魂ならぬ猫魂...といった具合です。

二話の不気味な少年のことを少し書きましたが、随所に薄気味悪い怪奇現象、幽霊や霊魂、死神が日常の生活にごく自然に溶け込んで登場してくるのです。

しかし、息を殺して怪談を読むような恐怖や緊張感とは無縁で、「あぁ、そういうことか、、」と思わせてしまうのが朱川ワールドです。

彼の小説を評して「ノスタルジックホラー」とは言い得て妙ですが、『かたみ歌』という小説に敢えて「ホラー」という肩書きなど不要だと思うのですがね。

 

この小説の別の魅力をもうひとつ紹介しておきます。

小説の舞台は昭和40年代の「アカシア商店街」とその周辺です。アーケードがかかる商店街に流れるテーマ音楽は、昔の流行歌「アカシアの雨がやむとき」のレコードです。

他にも懐かしい当時のヒット曲が次々と登場してきます。

ザ・カーナビーツ「好きさ好きさ好きさ」、ザ・タイガース「モナリザの微笑」、「黒猫のタンゴ」、藤圭子「夢は夜ひらく」...若い方、ついてこれますか?

岡林信康「山谷ブルース」「友よ」、そして「手紙」。吉田拓郎「人間なんて」...岡林の「手紙」に拓郎の「人間なんて」、、、(これ、俺の青春やんか!)

ヒット曲の他にも「エイトマン」や「忍者部隊月光」。封切られたばかりの映画「時計じかけのオレンジ」...当時の風物や話題になった事件がいたるところに登場するのです。

昭和20年から30年代に生まれた方、年齢だと50歳から上くらいの方々にとっては、曲名ひとつで忘却の彼方に過ぎ去った「あの頃の自分」が一瞬にして甦ることでしょう。

あなただけの、8つ目の『かたみ歌』として。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


かたみ歌 (新潮文庫)

◆朱川湊人

1963年大阪府生まれ。

慶應義塾大学文学部国文学科卒業。出版社勤務を経て、専業作家。

作品 「フクロウ男」「花まんま」「白い部屋で月の歌を」「本日、サービスデー」「太陽の村」「鏡の偽乙女 薄紅雪華紋様」「遊星ハグルマ装置」「さくら秘密基地」「なごり歌」他多数

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