『大地のゲーム』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文
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『大地のゲーム』(綿矢りさ), 作家別(わ行), 書評(た行), 綿矢りさ
『大地のゲーム』綿矢 りさ 新潮文庫 2016年1月1日発行
21世紀終盤。かの震災の影響で原発が廃止され、ネオン煌めく明るい夜を知らないこの国を、新たな巨大地震が襲う。第二の地震が来るという政府の警告に抗い、大学の校舎で寝泊まりを続ける学生たちは、カリスマ的〈リーダー〉に希望を求めるが・・・極限状態において我々は何を信じ、何を生きる「よすが」とするのか。大震災と学生運動をモチーフに人間の絆を描いた、異色の青春小説。(新潮文庫解説より)
しばらくの間、集中してこの人の小説を読んでいました。この人が描くちょっと「おませ」で勝ち気な、いかにも利発そうな女の子が好きで、気の利いた言い回しや時に吐く思わぬ毒舌を何より楽しみにしていました。
話に出て来る彼女らに、おそらくは、綿矢りさ本人のイメージを重ね合わせていたのだと思います。私にとって彼女は、(ずいぶん時間が経ちましたが)文藝賞をとった頃のまま、今でも17歳の高校生だった頃のままなのです。
それが彼女にとって、(あるいは「読み手」の私にとって)はたして良いことなのかどうか -『大地のゲーム』を読み終わって、私がまず考えたのはそんなことです。
30歳を過ぎて大人になって、結婚もした彼女です。(どこかで聴いた歌の台詞ではないですが)いつまでも少女のままではいられません。いち早く才能が開花し、際立つ文才があるがゆえに、大層彼女は悩んだのだと思います。
これまで自分が書いてこなかったような小説、「大人になりました」と胸を張って言えるような小説を書こうとして書いたのが『大地のゲーム』なのでしょう。
評判は、概ね芳しくありません。かなり辛辣な意見もあります。特に「震災」に関わる諸々の描写については手厳しい批判が目立ちます。総じて、今なお復興途上にある幾多の現実を前にして、それに見合った書き方がなされていないという指摘です。
例えば、タイトル -「震災」をして「ゲーム」とは何たる言いぐさか、と。
これに対する綿矢りさのコメントは、こうです。
不謹慎かなと思いましたが、地震がどこで起こるかというのは、ルーレットみたいなものじゃないかという感じがして、とにかく人間的な規模ではないなと思ったんです。わたしたちはそういう大地の賭けの上にのっかって生きているんだなと。あとこの小説では、あえて危険な場所に残った若者たちを書いたので、つぎの地震に身構えている感じが、だんだんゲーム化してくるということもあります。(新潮社「波」2013年8月号の対談より)
時代設定は、おそらく2080年あたりの近未来。時の日本(日本以外の国という想定も含んでいます)では原発が廃止され、使用電力がコントロールされています。不要な灯りは消され、街には以前のような明るさがありません。
直近に大きな地震が発生し、大学の校舎は半倒壊の状態になっています。政府は、第二の巨大地震が1年以内に起こるという警告を発しています。そんな中、学生たちは第二の激震に身構えつつ、キャンパスで共同生活をしています。
大地震の傷跡が残る大学では、「学園祭」の準備が始まっています - 学園祭? こんな非常事態に学園祭とは何事ぞ? - これに対するコメントは、こうです。
はい、大学の学園祭で演説している人の姿がまず頭に浮かんだんです。二度目の大地震を警告するベルが鳴り響く状況と、学園祭にむけてテンションが上がっていく感じにどこか似たものがあって、それを重ねてみたかった。(前掲の対談より)
「ゲーム」に「ルーレット」、二回目の地震がやってくるかどうかの瀬戸際にいて「テンションが上がっていく」とは・・・
聡明な彼女のことです、敢えて国民感情を逆なでするような書き方をするわけがありません。たぶんですが、そうではないのです。おそらく彼女は、「震災」が書きたかったわけではないのです。もしもそれに似た状況が他にあったとすれば、それはそれでよかったのです。
書きたかったのは、危機的な状況下にあってもなおそれを凌駕して生き延びようとする、逞しい若者の姿の方で - ではそんな危機的状況をどう書こうかと考えて、思い付いたのがあの「大震災」だった、だけのような気がします。
この本を読んでみてください係数 70/100
◆綿矢 りさ
1984年京都府京都市左京区生まれ。
早稲田大学教育学部国語国文科卒業。
作品 「インストール」「夢を与える」「蹴りたい背中」「憤死」「勝手にふるえてろ」「かわいそうだね?」「ひらいて」「しょうがの味は熱い」など
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