『村上春樹は、むずかしい』(加藤典洋)_書評という名の読書感想文
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『村上春樹は、むずかしい』(加藤典洋), 作家別(か行), 加藤典洋, 書評(ま行)
『村上春樹は、むずかしい』加藤 典洋 岩波新書 2015年12月18日第一刷
久方ぶりに岩波新書を買いました。昨年暮れのある日、新聞広告で見かけてから欲しくて欲しくて、3日に京都へ出かけた時にやっと買うことができました。
何よりタイトルに惹かれてのことです。この手の本は滅多に買わないのですが、読みたいと思ったのはきっとタイトルのせいです。そうなんです - 当代随一の人気作家で、出れば飛ぶように本が売れる村上春樹ですが、みんな本当にわかって読んでいるのでしょうか。
村上は日本の純文学の高度な達成の先端に位置する硬質な小説家の系譜に連なっている。違うのは、彼が同時に大衆的な人気をも、海外での評価、人気をもかちえているという、文学的に無視できないが最重要ではないただ一点だけである。そのことに惑わされるべきではない。(・・・)一言でいえば、村上春樹は、そんなに親しみやすくも、わかりやすくもない。見くびってはならぬ。「村上春樹は、むずかしい」のである。
これは冒頭にある「はじめに 野球帽をかぶった文学? 」と題した文章からの抜粋です。言うまでもなく、村上春樹(の文章)には村上春樹にしかない魅力があります。(この本ではデビュー当初の彼をして「しゃれた都市風俗を背景にした新感覚の小説でデビューした書き手」とあります)
よけいな注釈なしに言い切るスマートな文体。生活臭や泥臭ささのない、敢えて言い立てたりはしないのですが、隠し切れない知性や育ちの良さを思わせる登場人物のもの言いなどに、心を奪われた人がたくさんいるはずです。
デビュー作の『風の歌を聴け』はもとより、次作の『1973年のピンボール』、そして初めての短編集『中国行きのスロウ・ボート』にはひとかたならぬ思いがあります。私にしてみれば、こういう人の、こういう小説が読みたかった - そんな気持ちで何度も読みました。
村上春樹の文学的な出発はあざやかである。
1979年6月、群像新人文学賞受賞作として世に出る『風の歌を聴け』は、36年たったいま読んでもいささかも古びない新鮮さ、日本の戦後文学において揺るぎない「画期」的意義をもっている。
しかし、この作品は次作『1973年のピンボール』(1980年)とともに候補作にあげられながらも伝統的な文壇への登竜門とされる芥川賞を受賞しなかった。(第1部のはじめより)
二作それぞれの選評などがこと細かに掲載されています。批判する人(本書では実名)の中には、「いい気で安易な筆づかひ」とか「浅薄な眼」、「から廻り」に「夢のようなもの」、「生活は何も書いてない」などといった随分なものがあります。
しかし、この本の著者・加藤典洋先生は、当時第一線で活躍していた、日本を代表するそれらの作家が下した評価結果をよしとしません。
そればかりか、(大衆的には圧倒的な人気と評価を得ているにもかかわらず)近隣のアジア諸国、中国や韓国の知識人や文化人などが、おしなべて村上春樹の書く小説を読もうとさえしない様子に大いなる疑問を呈します。
曰く、(一般のファンもさることながら)村上春樹に無関心な隣国の知識層にとってこそ大事な存在なのだと。よってそのことを知らしめたいと、強い調子で語ります。
残念なことに、かつて芥川賞の選考で批判的に意見した作家先生や、東アジアの多くの知識人は、鋭く突き抜けた、それでいて間違いなく日本の純文学の正道に連なっている村上春樹の資質と感性を見抜けないでいる、と(加藤先生は)言います。
あまりの人気に惑わされ、勘違いしているかも知れない人がたくさんいる。けれど、村上春樹は、実はそんなに親しみやすくもわかりやすくもない。見くびってはならない。村上春樹は、むずかしいのである - と言うのです。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆加藤 典洋
1948年山形県生まれ。
東京大学文学部仏文科卒業。文芸評論家、早稲田大学名誉教授。
作品 「言語表現法講義」「敗戦後論」「小説の未来」「僕が批評家になったわけ」「さようなら、ゴジラたち - 戦後から遠く離れて」他多数
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