『ノボさん/小説 正岡子規と夏目漱石』(伊集院静)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/13
『ノボさん/小説 正岡子規と夏目漱石』(伊集院静), 伊集院静, 作家別(あ行), 書評(な行)
『ノボさん/小説 正岡子規と夏目漱石』(上巻)伊集院 静 講談社文庫 2016年1月15日第一刷
正岡子規と夏目漱石 - まさかこの二人を知らないなどという人はいないと思います。日本人ならおおよそ誰もが知っている、これより先比べる人がないくらいの有名人ではあるのですが -
もしもです、あなたが彼らの「なにを」、「どれくらい」知っているのですかと訊かれたとしたらどうでしょう? あまりに偉大すぎて、知っているような気がするだけでその実よくは知らない - 本当を言うと、そんなことではないのでしょうか。
もちろん知ってる人は知っているのです。ただ、たいていの人は「知っているようなつもり」でいるだけなんじゃないかと。だって生まれる前の人なんですから。(白状すると)私などは二人が同時に語られる、そもそもの理由さえ知らなかったのです。
もしもこれが新書などの小難しい本なら手に取ることはなかったと思います。伊集院静が書いた小説だから読もうという気になりました。この人なら大丈夫、中途で投げ出さずに最後まで読めるだろうと思ったのです。
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正岡子規の本名は、正岡常規(つねのり)。幼少時代の名前が、升(のぼる)。ノボルで「ノボさん」。子規をよく知る周囲の人は、等しく彼をノボさんと呼びます。
明治20年の秋、東京大学予備門に通う子規もまたノボさんと呼ばれています。この頃子規が学業に励みながらも尚一層熱中していたのが「べーすぼーる」です。子供の頃はスポーツ好きではなかった子規が、どういうわけでか「べーすぼーる」には夢中になっています。
「ノボさん、どこに行きますか? 」
「おう、あしはこれから新橋倶楽部のべーすぼーるとの他流試合に出かけるんぞな」
子規はいつ会っても意気揚々、伊予弁丸出しで喋ります。
とにもかくにもべーすぼーるが好きで、時間を見つけては練習や試合に出掛けて行きます。しかし、(ここが子規が子規である所以なのですが)彼は決して学業を疎かにしません。学ぶべきを学び、べーすぼーるにも興じ、尚それ以上に子規にはやりたいことがあります。
それは一冊の文集を仕上げること - 松山時代から、そして上京した後も培ってきた漢文、漢詩、短歌、俳句、謡曲などをそれぞれの章にまとめて一冊の文集を仕上げたいとかねがね思っていたのです。すでにその集の総題も「七草集」と決めてあります。
子規は寸分の時間を惜しんで七草集の編纂に取り組みます。それが為に夏休みには向島にある桜餅屋の二階を間借りし、隅田川の水景を眺めては漢文などを綴ります。自分の目に見えたもの、このようなさまと映ったものを漢詩や美文、短歌などに創り上げます。
そしてその途中、第一高等中学校の同級生・佐々田八次郎に誘われて行った鎌倉見物の折、子規は一塊の鮮血を吐きます。それも一度ならず二度に及んで、さすがの子規も敏感になり、「この喀血は何を意味したのだろうか」と、後に書き留めたりもしています。
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桜餅屋では初恋の人・おろくと出逢い、その後子規は常盤会寄宿舎へ移り住むことになります。ちょうど子規が農学部の学生相手にべーすぼーるを教えていた時、偶然とそこに居合わせた内の一人が夏目金之助(後の漱石)。後に盟友となる、二人の最初の出会いです。※ 常盤会寄宿舎:旧松山藩主の久松家が子弟のために設けた東京での宿舎。
金之助はほとんどの教科で首席、中でもとりわけ英語の成績の良さは群を抜いており、第一高等中学校始まって以来の秀才と呼ばれるほどの優等生です。予科生の時、すでに教師と英語で話をしている金之助を見て、子規はえらく感心したことがあります。
次に二人が出会うのは、図書館でのこと。二人は初めて言葉を交わします。話は落語に及び、子規は金之助に人とは違う生来の品性と才覚を感じ取り、何より正直者だと思います。「あれは本物じゃ・・」そう呟いた子規は、逢ったばかりの金之助が忘れられなくなります。
発案から2年、漸うにして子規は「七草集」を完成させます。この時の子規は10日余りも満足な睡眠をとらず、身体は随分と憔悴しています。
「最初に誰に見せたものかの」などと考え、すぐに頭に浮かんだのは金之助の顔。「そうじゃのう。夏目君ならこれがわかるじゃろう」そう思い、数日かけて清書やら手直しをします。そろそろ連絡を取ろうかと思っていた頃の夜、子規は部屋の中で本を読んでいます。
その時、ウッ、と喉のあたりがふくらんだかと思うと口の中から溢れ出たのは真っ赤な血。すぐに口をおさえ、掌を見ます。続いて幾度かの喀血があり、聞きつけた金之助が見舞いにやって来ます。とその時、「君に見せたい句があるんじゃ」そう言って、子規は二つの句を差し出します。
卯の花をめがけてきたか時鳥(ほととぎす)
卯の花の散るまで鳴くか子規(ほととぎす)
「子規」という雅号を(子規が)自身が己の名前としたのはこの喀血がもと、血を吐いたことを時鳥、すなわちこの鳥の別称〈子規〉としたのです。-(下巻に続く)
この本を読んでみてください係数 85/100
◆伊集院 静
1950年山口県防府市生まれ。本名、西山忠来。日本に帰化前の氏名は、趙忠來(チョ・チュンレ)立教大学文学部日本文学科卒業。
作品 「皐月」「乳房」「受け月」「機関車先生」「ごろごろ」「三年坂」「白秋」「海峡」「春雷」「岬へ」「僕のボールが君に届けば」「羊の目」「少年譜」他多数
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