『十字架』(重松清)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2016/02/08 『十字架』(重松清), 作家別(さ行), 書評(さ行), 重松清

『十字架』重松 清 講談社文庫 2012年12月14日第一刷


十字架 (講談社文庫)

 

いじめを苦に自殺したあいつの遺書には、僕の名前が書かれていた。あいつは僕のことを「親友」と呼んでくれた。でも僕は、クラスのいじめをただ黙って見ていただけだったのだ。あいつはどんな思いで命を絶ったのだろう。そして、のこされた家族は、僕のことをゆるしてくれるだろうか。吉川英治文学賞受賞作。(講談社文庫解説より)

藤井俊介 - 当時中学2年生、クラスメイトからは「フジシュン」と呼ばれていました - が自殺したのは(1989年)9月4日のこと。彼は自宅の庭にある柿の木で首を吊って死んでしまうのですが、これが後に思わぬ形で世間の注目を浴びることになります。

そうなった原因は、フジシュンが残した遺書が(彼が荼毘に付されたあと)公開されたことにあります。その中には - ぼくは皆さんのいけにえになりました - とあり、それをマスコミが「いけにえ自殺」と名づけて大々的に報道したのが発端です。

遺書には、4人の名前が書き記されています。新聞や雑誌では黒く塗りつぶされていたのですが、それとは別に遺書のコピーが出回り、名前はすぐにみんなの知るところとなります。知りたくもないのに、まるで無理やりみせつけられたようなものでした。

まず1人目が「僕」- 語り手であり、この物語の主人公です。
- 真田裕様。親友になってくれてありがとう。ユウちゃんの幸せな人生を祈っています。
2人目と3人目は、フジシュンをいじめたグループの中心にいた人物。
- 三島武大。根本晋哉。永遠に許さない。呪ってやる。地獄に落ちろ。

4人目は、中川小百合という女子。フジシュンは遺書の中で彼女に謝っています。
- 中川小百合さん。迷惑をおかけして、ごめんなさい。誕生日おめでとうございます。幸せになってください。

「ありがとう」「ゆるさない」「ごめんなさい」- この3つの思い、フジシュンにとっては書かずにおけない、しかし書かれた側からすればあまりに一方的な思いを残して、彼は死んでしまったのです。
・・・・・・・・・・
まず前提となるのは、(当然ですが)フジシュンが壮絶ないじめに遭っていたこと。そして、そのことをクラスの誰もが知っていたということです。三島と根本のフジシュンに対するいじめは、陰でこそこそ行われていたわけではなく、堂々とした見世物でした。

フジシュンが痛めつけられているのを目にしても、クラスの誰一人助けようとしません。みんなが知らないふりを通します。要らぬちょっかいを出せば今度は自分がフジシュンに代わって三島や根本の餌食になる。それを全員がわかっていたからです。

フジシュンは、選ばれるべくして選ばれたいじめの「象徴」で、特別何かをしたわけではありません。気が弱くておとなしい同級生が同じクラスにいて、それがたまたまフジシュンだっただけのこと。彼には本気になって庇ってくれる親友もいなかったのです。

ところが、どういう訳でか遺書には「僕」のことが「親友」だと書いてあります。確かに「僕」とフジシュンは小学校からの幼なじみで、家に遊びに行ったりした仲ではあったのですが、中学生になった今ではまるで疎遠になっています。

間違っても「僕」はフジシュンのことを親友などとは思っていません。しかし、彼にとっての「僕」は、(遺書をそのまま信じるならば)たった一人の、親友であったらしい・・・

その「僕」が、常々いじめられているのを知りながら何もせず、結果彼を自殺にまで追いやった - そうまで言われて、なぜそんな「でたらめ」を書いたのかと恨めしく思いながら、それでも「僕」は「実はそうではない」と声に出して言うことができません。

ここに及んで、(親友であったかどうかは別にして)「僕」は - 実際には何ほども関わりなかったフジシュンとの「関係」について - 改めてその意味を問い直すようになります。

そしてもう一人 -「僕」とは違う、しかしまた「僕」に似た葛藤を抱えて身動きできないでいるのが、中川小百合です。彼女はフジシュンから一方的に好意を寄せられ、彼の死の直前、そうとは知らずに彼の申し出を断っています。
・・・・・・・・・・
フジシュンの父親は、決して学校やクラスの生徒を許そうとしません。首謀者の三島と根本は当然に、次に父親が憎んだのは「僕」です。悔みの席では無視され、目を合わそうともしません。その上、昔一緒に遊んだフジシュンの弟・健介にも酷い言われ方をします。

「親友なのに・・・なんで裏切ったの」「人殺しと同じだよね、それ」

健介にぶつけられた言葉のトゲは、耳に入った瞬間よりも、むしろ耳を通り抜けて胸に流れ込んでから刺さってきます。「違う」と言えればいいのにそう言えないで、「僕」はただ黙って立ち竦んでいます。

 

この本を読んでみてください係数 80/100


十字架 (講談社文庫)

 

◆重松 清
1963年岡山県津山市生まれ。
早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。

作品「ナイフ」「定年ゴジラ」「カカシの夏休み」「ビタミンF」「流星ワゴン」「疾走」「カシオペアの丘で」「あすなろ三三七拍子」「星のかけら」「ゼツメツ少年」他多数

関連記事

『また、桜の国で』(須賀しのぶ)_これが現役高校生が選んだ直木賞だ!

『また、桜の国で』須賀 しのぶ 祥伝社文庫 2019年12月20日初版 また、桜の国で (祥

記事を読む

『小説 ドラマ恐怖新聞』(原作:つのだじろう 脚本:高山直也 シリーズ構成:乙一 ノベライズ:八坂圭)_書評という名の読書感想文

『小説 ドラマ恐怖新聞』原作:つのだじろう 脚本:高山直也 シリーズ構成:乙一 ノベライズ:八坂圭

記事を読む

『空飛ぶタイヤ』(池井戸潤)_書評という名の読書感想文

『空飛ぶタイヤ』 池井戸 潤 実業之日本社 2008年8月10日第一刷 @1,200 &n

記事を読む

『坂の途中の家』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『坂の途中の家』角田 光代 朝日文庫 2018年12月30日第一刷 坂の途中の家 (朝日文庫

記事を読む

『ホテルローヤル』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『ホテルローヤル』桜木 紫乃 集英社 2013年1月10日第一刷 ホテルローヤル &nb

記事を読む

『ラブレス』(桜木紫乃)_書評という名の感想文

『ラブレス』 桜木 紫乃  新潮文庫 2013年12月1日発行 @630  

記事を読む

『三の隣は五号室』(長嶋有)_あるアパートの一室のあるある物語

『三の隣は五号室』長嶋 有 中公文庫 2019年12月25日初版 三の隣は五号室 (中公文庫

記事を読む

『知らない女が僕の部屋で死んでいた』(草凪優)_書評という名の読書感想文

『知らない女が僕の部屋で死んでいた』草凪 優 実業之日本社文庫 2020年6月15日初版 知

記事を読む

『戸村飯店 青春100連発』(瀬尾まいこ)_書評という名の読書感想文

『戸村飯店 青春100連発』瀬尾 まいこ 文春文庫 2012年1月10日第一刷 戸村飯店 青春

記事を読む

『余命二億円』(周防柳)_書評という名の読書感想文

『余命二億円』周防 柳 角川文庫 2019年3月25日初版 余命二億円 (角川文庫)

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『希望病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『希望病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2020年11月11日初版

『JR上野駅公園口』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『JR上野駅公園口』柳 美里 河出文庫 2017年2月20日初版

『裏アカ』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『裏アカ』大石 圭 徳間文庫 2020年5月15日初刷 裏アカ

『鵜頭川村事件』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『鵜頭川村事件』櫛木 理宇 文春文庫 2020年11月10日第1刷

『眠れない夜は体を脱いで』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『眠れない夜は体を脱いで』彩瀬 まる 中公文庫 2020年10月25

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑