『逃亡作法 TURD ON THE RUN(上・下)』(東山彰良)_書評という名の読書感想文

『逃亡作法 TURD ON THE RUN』(上・下)東山 彰良 宝島社文庫 2009年9月19日第一刷

死刑制度が廃止された近未来の日本。〈キャンプ〉と呼ばれる刑務所では囚人の自由が拡大されるなど、刑務所の形態が大きく変わり加害者の人権が大幅に保護されていた。だが被害者の家族は納得がいかず、一部では復讐を誓う者同士が手を組み、〈キャンプ〉の襲撃を計画。一方、標的となった囚人たちは〈キャンプ〉からの脱獄を企てていた。(上巻解説より抜粋)

大藪春彦賞作家であり、直木賞作家でもある東山彰良の記念すべきデビュー作です。(尚、この作品は第1回『このミステリーがすごい! 』大賞の銀賞と読者賞を受賞しています)

新装なった文庫は、上下巻の2冊組。上巻が1章から13章、下巻が14章から最終29章までの、併せて約550ページになる大作です。

事のはじまりは刑務所 - その時代においては〈キャンプ〉と呼ばれています - で、登場人物のほとんどが囚人か悪党、中に少し善人もいるにはいるのですが、皆が一様に殺したり殺されたりします。悪人が悪人を騙し、善人が悪人と手を組んだりもします。

その中心となる人物や時の状況をもう少し具体的に説明すると -

連続少女暴行殺害犯・川原昇に娘を殺された飯島好孝ら遺族たちは、〈キャンプ〉襲撃計画を実行に移し、管理室を占拠した。だが、一瞬の隙を突き逆襲に出た囚人たちは、「アイスホッパー」と呼ばれる、〈キャンプ〉から脱獄しようとすると眼球が飛び出すようプログラムされたチップの解除パスワードをまんまと入手。刑務所から脱獄を開始した。(下巻解説より抜粋)

登場人物は、おおよそいくつかのグループに分別できます。その内のほとんどが囚人、つまり「一瞬の隙を突き」キャンプから脱獄した面々です。残りがキャンプを襲撃した人間、彼らは善人なのですが、娘を殺された怨みを晴らすためにキャンプ破りを決行します。

グループの筆頭は、この物語の主人公であり語り手でもあるツバメと、彼の仲間。ツバメの本名は李燕(リイエン)、他に2人、ミユキ(本名、三行譲)とモモ(本名、百崎健)がいます。

第2のグループは、どちらも在日韓国人の張武伊(チャムイ)と朴志豪(パクチホ)。続いて3番目は、菊池保という男。菊池は暴力団組織・菊池組を束ねる組長で、檻の中では1人きりですが、娑婆へ出ればナンバー2のガッツがおり、恋人の理子がいます。

そして、もう1人。これらのどこにも属さないのが、連続少女暴行殺害犯として服役している川原昇です。川原は、幼気な少女を15人殺害した罪で収監されています。(犯行日が決まって国民の休日であったため、彼は〈ホリデー・リッパー〉と呼ばれています)

これらの囚人の脱獄を、結果手助けすることになってしまうのが、飯島好孝率いる〈テロリスト〉の面々です。彼らはそれぞれをニックネームで呼び合います。飯島が「カイザー」、天野哲治が「ジョー」、竹田誠が「バット」、池陽介が「竜馬」と名乗ります。

彼らは被害者の肉親 - 川原昇という悪魔のような男に凌辱され、命を奪われた少女たちの父親で、司法に代わって川原を断罪しようとしています。

このとき日本では、いかな凶悪な犯人と言えども死刑の執行が出来ないようになっています。人権が声高に叫ばれ、犯罪者に対する待遇は格段に恵まれたものになっています。ちなみに、川原の刑期は懲役540年。死刑が廃止された故の、まるで意味ない数字です。

それが為に、カイザーらは己が生活の全てを投げ捨てて、川原昇を殺すためだけに徒党を組んでいます。周到な計画を立て、銃器を調達もし、いざキャンプヘ乗り込もうとしたところまではよかったのですが・・・
・・・・・・・・・・
おおよそこのような状況で幕を開けるのですが、このあと物語はそれぞれの思惑を孕んで、次から次へと場面を変えて行きます。

それを〈ハードボイルド・アクション〉とみるか。あるいは〈オフビートなクライムノベル〉などと言うのか。はたまた、単に野蛮でお下劣なドタバタ劇とみるかは、皆さんのご判断に委ねたいと思います。しかし、とにもかくにも、これが東山彰良という作家の本領であることには違いありません。

改めて思い返すと、初めて読んだ『流』(直木賞受賞作)とは随分違った印象になっています。『流』がとても良かったので、私としては『流』のような小説をぜひ書いてもらいたい。この人が書く台湾や中国、大陸の話をぜひとも読んでみたいのです。

この本を読んでみてください係数 75/100

◆東山 彰良
1968年台湾生まれ。5歳まで台北、9歳で日本に移る。福岡県在住。本名は王震緒。
西南学院大学大学院経済学研究科修士課程修了。吉林大学経済管理学院博士課程に進むが中退。

作品「路傍」「ミスター・グッド・ドクターをさがして」「ブラックライダー」「流」「ラブコメの法則」「キッド・ザ・ラビット ナイト・オブ・ザ・ホッピング・デッド」他

関連記事

『トリツカレ男』(いしいしんじ)_書評という名の読書感想文

『トリツカレ男』いしい しんじ 新潮文庫 2006年4月1日発行 ジュゼッペのあだ名は「トリツ

記事を読む

『つけびの村』(高橋ユキ)_最近話題の一冊NO.1

『つけびの村』高橋 ユキ 晶文社 2019年10月30日4刷 つけびして 煙り喜ぶ

記事を読む

『第8監房/Cell 8』(柴田 錬三郎/日下三蔵編)_書評という名の読書感想文

『第8監房/Cell 8』柴田 錬三郎/日下三蔵編 ちくま文庫 2022年1月10日第1刷

記事を読む

『イモータル』(萩耿介)_書評という名の読書感想文

『イモータル』萩 耿介 中公文庫 2014年11月25日初版 インドで消息を絶った兄が残した「智慧

記事を読む

『つやのよる』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『つやのよる』井上 荒野 新潮文庫 2012年12月1日発行 男ぐるいの女がひとり、死の床について

記事を読む

『凍てつく太陽』(葉真中顕)_書評という名の読書感想文

『凍てつく太陽』葉真中 顕 幻冬舎 2019年1月31日第2版 昭和二十年 - 終

記事を読む

『東京奇譚集』(村上春樹)_書評という名の読書感想文

『東京奇譚集』村上 春樹 新潮社 2005年9月18日発行 「日々移動する腎臓のかたちをした

記事を読む

『とんこつQ&A』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『とんこつQ&A』今村 夏子 講談社 2022年7月19日第1刷 真っ直ぐだから怖

記事を読む

『断片的なものの社会学』(岸政彦)_書評という名の読書感想文

『断片的なものの社会学』岸 政彦 朝日出版社 2015年6月10日初版 「この本は何も教えてくれな

記事を読む

『太陽の坐る場所』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『太陽の坐る場所』辻村 深月 文春文庫 2011年6月10日第一刷 高校卒業から十年。元同級生

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『血腐れ』(矢樹純)_書評という名の読書感想文

『血腐れ』矢樹 純 新潮文庫 2024年11月1日 発行 戦慄

『チェレンコフの眠り』(一條次郎)_書評という名の読書感想文

『チェレンコフの眠り』一條 次郎 新潮文庫 2024年11月1日 発

『ハング 〈ジウ〉サーガ5 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ハング 〈ジウ〉サーガ5 』誉田 哲也 中公文庫 2024年10月

『Phantom/ファントム』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文 

『Phantom/ファントム』羽田 圭介 文春文庫 2024年9月1

『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』(谷川俊太郎)_書評という名の読書感想文 (再録)

『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』谷川 俊太郎 青土社 1

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑