『隠し事』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/13
『隠し事』(羽田圭介), 作家別(は行), 書評(か行), 羽田圭介
『隠し事』羽田 圭介 河出文庫 2016年2月20日初版
すべての女は男の携帯を見ている。男は・・・女の携帯を覗いてはいけない! 同棲する彼女の携帯を軽い気持ちで盗み見たことから生まれた、ちいさな疑い。だが、疑いは疑いを呼び、秘密は深まるばかり。引き返せなくなった男の運命は? 話題の芥川賞作家による、驚愕の家庭内ストーキング小説。(河出文庫解説より)
たまに電車に乗ったり、バス停で待ち時間があるようなとき、周りを見渡せば、そこにいるほとんどの人がケータイを手に何やらしています。メールをしたり、ゲームをしている分にはわかるのですが、画面を見たまま身じろぎひとつしない人がいたりもします。
一体何をしてるんだろうと不思議に思い - 実はメールにしてもそんなに送ったり送られたりするのかよと思わぬではないのですが - 何だか(そうしてないと今風じゃないので)何もなくても何かありそうなふりをしているだけなんじゃないのと、つい捻くれた気持ちになります。
なんで? どうしてそこまでして今ケータイを見る必要があるのよと思います。最近は決して若い人だけではありません。結構なオジサンやオバサンまでが同じようなことをしています。ちょっと見ては閉じ、しばらくするとまた開いて、開けたと思ったらもう閉じてる・・・
何してんのよと思わずツッコミみたくもなるのですが、しかし、おそらくは、そうではないのです。それらの人々の多くは、私が思うよりはるかにケータイ機能の全般に通じ、私にはおよそ縁のない、(秘密であってないような)中身の様子が気になって仕方ないのです。
・・・・・・・・・・
「驚愕の家庭内ストーキング小説」とはいかばかりか大袈裟な表現ではありますが、この小説における事の切実さであるとか、身につまされる部分は分からぬでもありません。
この話は、同棲中の男女の、ケータイ(の中身)を巡るあれやこれやをテーマにしています。鈴木と茉莉の状況は深刻と言えば深刻。なのですが、鈴木のあまりに度が過ぎる心配と深刻ぶりに呆れて、思わず笑ってしまうような話でもあります。
2人は大学時代に知り合い、付き合って7年、同棲を始めてからは2年が経過しています。
いかに好き同士であるとはいえ、少々中弛みする時期ではあります。当初感じた高揚感や緊張感はきれいさっぱり消え失せ、2人でいるのがごく当たり前の日常になります。
2人の場合のそれは、(先に仕事を終えて帰っていた)茉莉が堂々と目に付く場所に自分のケータイを置いたままシャワーをしていた時のことです。普段の茉莉ならケータイを肌身離さず持ち歩くか、さもなくば必ず鞄の中へ入れておきます。
ただならぬ振動音に鈴木が思わず目を向けると、サブディスプレイにスクロール表示される文字が見て取れます。どうせ知らない誰かだろうと見るともなく見ていると、英数字のアドレスに続いて表示された日本語が目に入り、鈴木は思わず二度見します。
・・・co.jp〈渡辺 健太〉
渡辺健太は鈴木の大学時代のクラスメイトで、彼にとっては久々に目にする名前です。在学当時、茉莉との絡みは一切ありません。しかし、茉莉がネット広告の会社に就職してすぐ、同じく広告業界で働いていた渡辺と同業者間の飲み会で会ったとは聞いています。
- 極力、意識しないようにはした。したのですが、どうやってもそのまま見過ごすことができません。湧いてくる興味にはあらがいようがなく、むしろ、それを無視してしまうことのほうが不自然だと鈴木は思います。
鈴木は考えます。ここ2ヶ月ほど彼女が積極的に外出しているのは単に彼女の社交性に磨きがかかっただけのことではないか・・・、しかし、かつて親しくしていた自分でさえ連絡をとっていない渡辺健太から、なぜ茉莉にメールが送られてくるのか?
茉莉のケータイが放つ通知ライトの赤い光や点滅が鈴木の欲望を刺激します。2人の間でやって良いことと悪いことの分別はついています - ただ、何でもないメールであるのを確かめるだけで他意はないのだと自分に言い聞かせ、鈴木は茉莉のケータイを手に取ります。
・・・・・・・・・・
さて、ここから先が面白い - まさに羽田圭介の真骨頂ともいうべき描写が始まります。茉莉と渡辺健太との関係を何としてもつきとめたいという押さえ難い衝動をどうすることもできず、あらゆる手を尽くし、鈴木は茉莉のケータイの中身を調べようとします。
マンションの狭い部屋の中、隠れて見る場所がありません。夜中、茉莉が寝静まるのを確かめて、茉莉の背中がすぐ目の前にある状態で、鈴木は彼女の枕元にあるケータイをそっと手に取り布団にもぐり込んではフォルダを開き、ひたすらスクロールします。
その渦中で爆笑すること2回。鈴木の気持ちは痛いほどわかりますが、最後になって、茉莉の方が一枚上手だったことがわかります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆羽田 圭介
1985年東京都生まれ。
明治大学商学部卒業。
作品 「黒冷水」「盗まれた顔」「ミート・ザ・ビート」「御不浄バトル」「不思議の国の男子」「走ル」「スクラップ・アンド・ビルド」「メタモルフォシス」他
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