『生きてるだけで、愛。』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文

『生きてるだけで、愛。』本谷 有希子 新潮文庫 2009年3月1日発行


生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)

 

あたしってなんでこんな生きてるだけで疲れるのかなあ。25歳の寧子は、津奈木と同棲して3年になる。鬱から来る過眠症で引きこもり気味の生活に割り込んできたのは、津奈木の元恋人。その女は寧子を追い出すため、執拗に自立を迫るが・・・。誰かに分かってほしい、そんな願いが届きにくい時代の、新しい〈愛〉の姿。芥川賞候補の表題作の他、その前日譚である短編「あの明け方の」を収録。(新潮文庫解説より)

『ぬるい毒』に続いて2冊目の本谷有希子。芥川賞を受賞した『異類婚姻譚』はまだ読まない。もう少し別のものを読んでから、もうちょっと本谷有希子という人を知ったあとで読もうと思っています。大した理由はありません。それが私の〈癖〉なのです。

女子高生の頃、なんとなく学校生活がかったるいという理由で体中に生えてるあらゆる毛を剃ってみたことがある。

いきなりのこんな書き出しに、多くの読者は、のっけから何やら不穏な空気を感じ取ることになります。しかも、書いているのが今が旬の(!?。少なくとも私には、そんじょそこらの女子高生よりはるかに魅力的に感じるところの)女性作家ともなれば、何はともあれ読んでみたくもなるというものです。

しかしながら読んでみると、これが爽やかでも、ほろ苦くも、色っぽくもありません。主人公の寧子(25歳)は手足が長く、それなりに美形であるようなのですが、ことさらにそれが描かれているような場面は、まあ、ありません。

ひと言で言えば、過激 - 感情の起伏が激しく、上か下かで真ん中がありません。彼女はメンヘラで、仕方がないと言えば仕方がないのですが、自分の気持ちを上手にコントロールすることができません。

たとえば - バイト先のスーパーで一緒に働いていた男に気安くデートに誘われて、「こんな冴えないやつにすらなんとかなるかもと思われてるんだ」と思った瞬間から、彼女はいきなり鬱になります。

何度目とも知れないのですが、今回はそれなりに大波が来たと寧子は感じています。そして、それはおそらく男がからし色のセーターにからし色のパンツを平気で合わせる人間で、ストッキングを被っているような顔をしていたのが余計だったからだと思っています。

おまけに、その男が好きだったという惣菜部の獅子唐の素揚げみたいな女が何をどう勘違いしたのか寧子に恨みを抱いたせいで、尚のことややこしい事態になります。卑猥な言葉で中傷され、陰湿でくだらない言いがかりにとうとう心が折れた寧子は -

「お前らの安い恋のトライアングルに勝手に巻き込むんじゃねえよ」と怒鳴って怒られて、寧子はバイトをクビになります。一事が万事、こんな調子。

そうかと思えば(と言うより、ほとんどがこっちなのですが)、部屋に籠って寝てばかりいます。風呂にも入らず、一週間に一度くらいは洗濯などをするにはするのですが、すべてはおざなり、寝ては起き、またすぐ寝てしまうだけで日が過ぎます。

そんな寧子(の暮らし)を支えているのが、津奈木。寧子はひょんなことから津奈木と同棲しています。互いを見初めて、必然的に一緒に暮らすようになったわけではありません。それは単なる偶然で、寧子には帰る場所がなく、津奈木が断らなかっただけのことです。

津奈木は雑誌の編集者で、3つある部屋のひとつは本や雑誌で溢れるばかりになっています。2人の寝室が別にあるのですが、寧子は現在、本に埋もれた部屋で一人で寝ています。

そんな寧子に対して、津奈木は何も言いません。文句も言わず、責めもしません。彼は元来寡黙な男で、部屋から出ようとしない寧子に対しては「出てきたら」と、(寧子が言うには)馬鹿の一つ覚えみたいにいつも同じで、他に何を言うわけでもありません。

ここでも寧子は怒ります。曰く、「ほらまたこの一言だ。おい、お前は文章にたずさわってメシ食ってんだろうが、なんで自分の彼女に一番楽してんだよ、もっとちゃんと言葉考えてどうにかしろよ、実家貧乏なくせに」と(声には出さずに)あらん限り罵ります。

明らかに寧子は心を病んでおり、時に寝すぎて脳が腐り始めているのではないかとか、何かの不具合に遭遇したような場合、そう仕向けたであろう誰かから「見抜いているぞ」と言われているように感じることがあります。

地面を踏んでいるはずなのに足下には何もなくて、そもそも自分の周りには触れるようなものが一切なくて、自分は何にもつながってないんじゃないかと、(寧子自身が考えるに)甘ちょろい妄想で押し潰されそうになり・・・

そして、寧子のどこかにスイッチが入り、制御不能の暴走が始まるのです。

 

この本を読んでみてください係数  80/100


生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)

◆本谷 有希子
1979年石川県生まれ。
石川県立金沢錦丘高等学校卒業。ENBUゼミナール演劇科に入学。

作品 「嵐のピクニック」「自分を好きになる方法」「異類婚姻譚」「江利子と絶対」「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」「ぬるい毒」「グ、ア、ム」他

関連記事

『乙女の家』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『乙女の家』朝倉 かすみ 新潮文庫 2017年9月1日発行 乙女の家 (新潮文庫) 内縁関係

記事を読む

『幾千の夜、昨日の月』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『幾千の夜、昨日の月』角田 光代 角川文庫 2015年1月25日初版 幾千の夜、昨日の月 (角

記事を読む

『風の歌を聴け』(村上春樹)_書評という名の読書感想文(書評その1)

『風の歌を聴け』(書評その1)村上 春樹 講談社 1979年7月25日第一刷 風の歌を聴け (講談

記事を読む

『みんな邪魔』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『みんな邪魔』真梨 幸子 幻冬舎文庫 2011年12月10日初版 みんな邪魔 (幻冬舎文庫)

記事を読む

『太陽の塔』(森見登美彦)_書評という名の読書感想文

『太陽の塔』森見 登美彦 新潮文庫 2018年6月5日27刷 太陽の塔(新潮文庫) 私

記事を読む

『溺レる』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『溺レる』川上 弘美 文芸春秋 1999年8月10日第一刷 溺レる (文春文庫) &nb

記事を読む

『69 sixty nine』(村上龍)_書評という名の読書感想文

『69 sixty nine』村上 龍 集英社 1987年8月10日第一刷 69 sixty

記事を読む

『アズミ・ハルコは行方不明』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『アズミ・ハルコは行方不明』山内 マリコ 幻冬舎文庫 2015年10月20日初版 アズミ・ハル

記事を読む

『 i (アイ)』(西加奈子)_西加奈子の新たなる代表作

『 i (アイ)』西 加奈子 ポプラ文庫 2019年11月5日第1刷 (2-1)i (ポプラ

記事を読む

『おとぎのかけら/新釈西洋童話集』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『おとぎのかけら/新釈西洋童話集』千早 茜 集英社文庫 2013年8月25日第一刷 おとぎのか

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『逃亡刑事』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『逃亡刑事』中山 七里 PHP文芸文庫 2020年7月2日第1刷

『太陽の塔』(森見登美彦)_書評という名の読書感想文

『太陽の塔』森見 登美彦 新潮文庫 2018年6月5日27刷

『ここは、おしまいの地』(こだま)_書評という名の読書感想文

『ここは、おしまいの地』こだま 講談社文庫 2020年6月11日第1

『カウントダウン』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『カウントダウン』真梨 幸子 宝島社文庫 2020年6月18日第1刷

『悪の血』(草凪優)_書評という名の読書感想文

『悪の血』草凪 優 祥伝社文庫 2020年4月20日初版 悪の

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑