『死んでいない者』(滝口悠生)_書評という名の読書感想文

『死んでいない者』滝口 悠生 文芸春秋 2016年1月30日初版


死んでいない者

 

秋のある日、大往生をとげた男の通夜に親類たちが集まった。子ども、孫、ひ孫たち30人あまり。一人ひとりが死に思いをめぐらせ、互いを思い、家族の記憶が広がってゆく。生の断片が集まり合って永遠の時間がたちあがる奇跡の一夜。第154回芥川賞受賞作。(文芸春秋BOOKSより)

イマイチ評判がよくありません。ネットに投稿された(一般読者の)感想などを拾い読みすると、かなり辛口の意見が目立ちます。曰く、「脈絡のない言動や思考が書き綴られているだけで、ストーリーがない」であるとか、

「展開がもの足りない」「未成年が酒を飲み過ぎだ」であるとか、「くどくてイライラ」して「全然おもしろくなく」て、挙句「文章が反則だ」といったものまであります。

断っておきますが、それらの意見に文句が言いたいのではありません。何と言いましょうか・・・、私の感じたものとのあまりの落差に、同じ小説を読んでこんなにも違った心持ちになるのはなぜなんだろうと、改めて考えさせられたということです。

思うに、相性というのはあると思います。ひょっとすると年齢によるところが大きいのかも知れません。いずれにしても、私の場合はおそらく体質的(!?)に、この手の小説(あるいは文体)が好きなのです。例えば、冒頭にこんな文章があります。

人は誰でも死ぬのだから自分もいつかは死ぬし、次の葬式はあの人か、それともこちらのこの人かと、まさか口にはしないけれども、そう考えることをとめられない。むしろそうやってお互いにお互いの死をゆるやかに思い合っている連帯感が、今日この時の空気をわずかばかり穏やかなものにして、みんなちょっと気持ちが明るくなっているようにも思えるのだ。

誰かがそう言ったあと、「よしなさいよ、縁起でもない」と話は続いていくわけですが -
私ときたら、この部分を読んだだけで、すでに滝口悠生という人を好ましく感じ、同時に「ああ、この人なら信用できる」と思ってしまうのです。

だって、ある日亡くなった誰か(多くの場合両親かそのまた両親、あるいはその縁者)のために集まった(身内の)人間が、これといってすることもない中途半端な時間の中でとりとめに話すことと言えば、まさしくそんな感じなのですから。

もう何度も経験している私が言うので間違いありませんが、その場の(通夜という特別なイベントのさなかであるからこその)、生々しい死を前にしたそれぞれが、いくらかでもそれを客体化して語ろうとする、しかし僅かに興奮もしているような気配が手に取るように伝わってきます。

故人は、85歳。大往生だからこその場面です。そうでなければ、ああは書けません。日頃は疎遠な関係で、残された問題があるにはあるのですが、集まった親族らはときに冗談を言い、酒を酌み交わします。線香の火を絶やさぬための寝ずの番に備えてかどうか、息子や娘らは近くにある銭湯へ出かけて行きます。

その淡々とした書き方が、私にはピタリとハマります。余計な解釈なしに、あるがままを書いているだけなのに、それとはまた別の何かが、特別な空気や温度を伴いながら、次から次へと(それこそ脈絡なく)立ち上がってくる様子がいいのだと思います。

『死んでいない者』を語っているのは誰なのか。もしかしたら滝口さんにも正体は分からないのかもしれない。その不親切さゆえに生じるあいまいさを、私は魅力として受け取った。自在に流動する語り手は、登場人物に対して何の判断も下さず、彼らの心の欠落にそっと忍び込むことができる。どんな出来事も、目に映ったままをただ見るばかりで、余計なものは何も付け加えない。(小川洋子/芥川賞選評より抜粋)

だからこそ感じるものがあり、考えさせられることがあります。

 

この本を読んでみてください係数  85/100


死んでいない者

 

◆滝口 悠生
1982年東京都八丈町生まれ。埼玉県入間市出身。
早稲田大学第二文学部入学。(約3年で中退)

作品 「寝相」「愛と人生」「ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス」など

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