『岸辺の旅』(湯本香樹実)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2021/02/11 『岸辺の旅』(湯本香樹実), 作家別(や行), 書評(か行), 湯本香樹実

『岸辺の旅』湯本 香樹実 文春文庫 2012年8月10日第一刷


岸辺の旅 (文春文庫)

きみが三年の間どうしていたか、話してくれないか - 長い間失踪していた夫・優介がある夜ふいに帰ってくる。ただしその身は遠い水底で蟹に喰われたという。彼岸と此岸をたゆたいながら、瑞希は優介とともに死後の軌跡をさかのぼる旅に出る。永久に失われたものへの愛のつよさに心震える、魂の再生の物語。(文春文庫)

死んだ夫と旅をする - 。
それは言えなかったさようならを伝える旅路。愛する人との永遠の別れを描く、究極のラブストーリー

昨年 (2015年) の秋には映画になりました。主演は、深津絵里と浅野忠信。他に、蒼井優、首藤康之、柄本明等が出演。監督は、黒沢清。第68回カンヌ国際映画祭 「ある視点部門」 監督賞を受賞しています。

この小説が纏う不思議な空気をどう説明すればいいのでしょう。解説の平松洋子さんは - 『岸辺の旅』では、生と死がとても親しい  - と書いています。

死は忌むものでも怖ろしいものでもなく、まして対極にあるものでもなく、むしろ混じり合うことを希求するふうに扱われ、描かれる。生は死をなつかしく想い、死は生をなつかしむかのようだと。

けだしその通りで、死者の世界と生者のそれ (彼岸と此岸) との境界線はどこまでも曖昧で、今語られている風景がどちらの世界のことなのかが分からなくなるときがあります。

当事者である瑞希も同様に、目の前にいる優介は確かに一緒にいた頃の優介に違いないのですが、その一方で、彼は既に亡くなっており、もうこの世の人ではないことも十分に理解しています。

理解しつつ、瑞希は、別の世界の住人となってしまった優介を以前のままに受け入れて、気付けば2人して旅に出ようとしています。

3年もの間姿をくらまし、何としても行方の知れなかった夫の優介が突然帰宅し、これまで離ればなれになっていた夫婦が失われた時間を生き直すようにして旅に出る  -  その道行きで出合う人々との交流の中には、瑞希が知らない (知らずにいた) 優介がいます。

瑞希が知っているのは、たとえば医科大学の歯科の講師をしていた優介。(失踪前の) 最後の電話で、いきなり 「大学を辞めた」 「自分はもう限界だ」 と言い放った優介です。それが消えてしまった直前のこと。

しかしながら、本当のところは何がどうなって人ひとりが消えてしまうことになったのかは誰も分かりません。人並みに悩んでもいたのでしょうが、それだけで優介は3年もの間失踪し、その上死んで瑞希のもとに帰ってきたのでした。

これから2人が始めようとするのは、失踪期間中に優介が世話になっていた人々を訪ねる旅なのですが、それはまた、優介が家へ戻ってきた 「帰り道を遡る旅」 でもあります。

それが一体何を意味するのか?   死んだ者と生きている者とが手を携えて、死者が死者となるまでの道行きを遡る  -  それがなぜ必要なのか?   優介は何を伝えようとして瑞希の前に現れ、2人して旅に出ることを思い立ったのでしょう。

旅を通じてそれまで知らなかった夫の姿を知り、やがて深い愛を感じるようになる瑞希は、叶わないと知りながら尚も旅を続けようと優介に言い募ります。2人一緒ならこの先永遠に旅していたいと願うのですが、優介には 「留まっていられる」 限界というものがあります。

旅の道中で出合う人々と過ごすほんの短い幾日かに、言い知れぬ味わいがあります。最後はあまりに切なく、美しい。それよりほかに言葉がありません。

この本を読んでみてください係数 80/100


岸辺の旅 (文春文庫)

◆湯本 香樹実
1959年東京都生まれ。
東京音楽大学音楽学部作曲学科卒業。

作品 「夏の庭 - The Friend」「西日の町」「くまとやまねこ」「ポプラの秋」「わたしのおじさん」「夜の木の下で」「春のオルガン」他

関連記事

『風の歌を聴け』(村上春樹)_書評という名の読書感想文(書評その2)

『風の歌を聴け』(書評その2)村上 春樹 講談社 1979年7月25日第一刷 風の歌を聴け (講談

記事を読む

『空中ブランコ』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『空中ブランコ』奥田 英朗 文芸春秋 2004年4月25日第一刷 空中ブランコ (文春文庫)

記事を読む

『感染領域』(くろきすがや)_書評という名の読書感想文

『感染領域』くろき すがや 宝島社文庫 2018年2月20日第一刷 【2018年・第16回「こ

記事を読む

『果鋭(かえい)』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『果鋭(かえい)』黒川 博行 幻冬舎 2017年3月15日第一刷 果鋭 右も左も腐れか狸や!

記事を読む

『かわいそうだね?』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『かわいそうだね?』 綿矢 りさ 文春文庫 2013年12月10日第一刷 かわいそうだね? (

記事を読む

『かなたの子』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『かなたの子』角田 光代 文春文庫 2013年11月10日第一刷 かなたの子 (文春文庫)

記事を読む

『この胸に突き刺さる矢を抜け』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『この胸に突き刺さる矢を抜け』 白石 一文 講談社 2009年1月26日第一刷 上下 各@1,600

記事を読む

『半落ち』(横山秀夫)_書評という名の読書感想文

『半落ち』横山 秀夫 講談社 2002年9月5日第一刷 半落ち (講談社文庫) &nbs

記事を読む

『月桃夜』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『月桃夜』遠田 潤子 新潮文庫 2015年12月1日発行 月桃夜 (新潮文庫nex) この世

記事を読む

『婚礼、葬礼、その他』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『婚礼、葬礼、その他』津村 記久子 文春文庫 2013年2月10日第一刷 婚礼、葬礼、その他

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『地獄への近道』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『地獄への近道』逢坂 剛 集英社文庫 2021年5月25日第1刷

『ブルーもしくはブルー』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『ブルーもしくはブルー』山本 文緒 角川文庫 2021年5月25日改

『天国までの百マイル 新装版』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『天国までの百マイル 新装版』浅田 次郎 朝日文庫 2021年4月3

『七怪忌』(最東対地)_書評という名の読書感想文

『七怪忌』最東 対地 角川ホラー文庫 2021年4月25日初版

『1リットルの涙/難病と闘い続ける少女亜也の日記』(木藤亜也)_書評という名の読書感想文

『1リットルの涙/難病と闘い続ける少女亜也の日記』木藤 亜也 幻冬舎

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑