『カソウスキの行方』(津村記久子)_書評という名の読書感想文
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『カソウスキの行方』(津村記久子), 作家別(た行), 書評(か行), 津村記久子
『カソウスキの行方』津村 記久子 講談社文庫 2012年1月17日第一刷
不倫バカップルのせいで、郊外の倉庫に左遷されたイリエ。28歳、独身、彼氏なし。やりきれない毎日から逃れるため、同僚の森川を好きになったと仮定してみる。でも本当は、恋愛がしたいわけじゃない。強がっているわけでもない。奇妙な「仮想好き」が迎える結末は - 。芥川賞作家が贈る、恋愛〈しない〉小説。(講談社文庫解説より)
もしも(この物語の主人公である)イリエが勤める(機械部品卸)会社に私がいたとして、同じフロアで働く同僚であったとしたらどうでしょう。
好きかどうかはさておき、職場の仲間としては結構気が合うんじゃないかと思います。年齢相応には肩の力が抜けており、(失礼ながら)適当に荒んでいるのが面白い。イリエと私は「ウマが合い」そうな気がします。
一から十まで言われたようにするだけの、単にまじめな(ふりをしている)OLじゃないところがいい。たまにポカもやらかすのですが、ごまかす術を知っており、無いようにして平気でいるくらいには度胸がある。彼女は頭がよくて、元来有能な社員なのです。
基本がんばり屋なのですが、ときに間が抜けており、(おそらく本人的には大まじめでやっていることが)他人からみるとまるでそうは思えないことがあったりします。友達がいるにはいるのですが、決して多くはないほどに人見知りで・・・・、さらに言うなら -
異性との関係構築においては冷静に過ぎるというか懐疑的というのか、中々にストレートな感情をもって接することができません。色々と込み入った事情や理由があるには違いないのですが、頭がいい分不器用で、素直になれないでいる人なのです。
そもそも現在のイリエは、(28歳とやや適齢期を過ぎた年齢ではありますが)特段に誰かと付き合いたいと思っているわけではありません。仮に強く望んでいるとしても今の彼女の状況では詮ないことで、どこを見渡しても恋愛に至る糸口が見当たりません。
イリエは今、郊外にある閉鎖対象の倉庫で働いています。本社にいる頃、後輩から課長のセクハラについて相談され部長へ直訴したまではよかったのですが、その場で後輩は言い分を翻してしまいます。何のことはない、その後輩と課長は端からデキていたのです。
ちょっと自慢したいばかりに相談にみせかけて打ち明けられたイリエは、責任感をもって訴えたわけですが、とんだ茶番だったということです。親しい同僚からは、女心の機微を見抜けなかったあんたの負けだと言われてしまいます。
それがもと(だとイリエは固く信じています)で異動になり、社員はごく僅か、あとはパートで賄われている倉庫へ行けと言われます。仕事といえば雑用ばかり、上司は二つ年下の藤村で、彼はちょっと見イイ男なのですが、残念ながら既に結婚しており子供がいます。
もう一人いる男性社員の森川は、イリエと同い年ではありますが、その割にはいかつくて老けて見えます。いい人そうではあるのですが、異性として見るとさして魅力がありません。
しかし、ときのイリエの近辺には、森川以外に恋愛対象となる男性がいなかったのです。ですから、無理やりに、イリエは森川のことが「好き」だと思うことにします。内緒で抜き出した森川の健康診断票のコピーをノートに貼り付け、気付いたことを書き込んでいきます。自分のことを、好きになった人をもっと知りたいと願う女に見立てたりしています。
「カソウスキ」とは、「仮想」と「好き」の合体語、そんなふうにすれば多少は毎日が気が晴れるんじゃないかというくらいの軽い気持ちで、イリエは森川に〈仮の〉恋をします。付き合いたいかというとそれは謎 - そんなふうにしか思えない男に対して、徐々にではありますが、その関係性を深めて行きます。
※ 表題作の他に、「Everyday I Write A Book」「花婿のハムラビ法典」2編が収められています。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆津村 記久子
1978年大阪府大阪市生まれ。
大谷大学文学部国際文化学科卒業。
作品 「まともな家の子供はいない」「君は永遠にそいつらより若い」「ポトスライムの舟」「ワーカーズ・ダイジェスト」「アレグリアとは仕事はできない」「ミュージック・ブレス・ユー!! 」「とにかくうちに帰ります」「婚礼、葬礼、その他」他多数
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