『夜をぶっとばせ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『夜をぶっとばせ』井上 荒野 朝日文庫 2016年5月30日第一刷


夜をぶっとばせ (朝日文庫)

 

どうしたら夫と結婚せずにすんだのだろう - 。「35歳・主婦・水瓶座。いいことがひとつもありません。誰か助けに来てください」。運命に抗うべく、たまきがネットに書き込んだ瞬間、日常が歪み始める - 。直木賞作家が掬い取る、明るく不穏な恋愛小説。(朝日文庫解説より)

それまでのたまきはパソコンの〈パ〉の字も知らないような平凡な主婦。ところが思わぬ事の成り行きから始まって、見よう見まねで「男と女の星空カフェ」という出会い系サイトに登録し「メル友募集」をすることになります。

親友の瑤子からは女性はそういう場所では「入れ食い」状態なのだと聞かされます。(色々あって)とにかくたまきは思い切ったことがしたかったのです。言い換えるなら、要はどうにでもなれという心境。で、自己PRの欄にはこんな文章を打ち込みます。

35歳。主婦。水瓶座。
いいことがひとつもありません。
誰か助けに来てください。

自分に迷う暇を与えずに「送信」ボタンを押すと、「30~39歳」のコーナーの一番上にたまきの文章がのっかります。その日はそれで終了し、翌日パソコンに向かったのは夫が出かけた午後1時過ぎのこと。見ると、137通ものメールが来ています。

メールはその後もチェックをするたびに数十通単位で増え続け、びっくりしている間にとんでもない数になります。メールチェックを途中で投げ出し、とりあえず誰かに向けて返事を書こうと思った彼女が選び出したのは「ネコ太郎くん」という人物でした。

ネコ太郎君との後もたまきは気まぐれに選んだ「メル友」と次々に連絡を取り、出会うたびに当然のようにホテルへ誘われ、乞われるままに関係を持ちます。しかし、彼女がそれらの一連の行為を心から欲していたかというと、必ずしもそういうことではありません。

たまきはそのときの心境にぴったりの言葉を探すのですが、なかなかに思う通りの言葉が見当たりません。一生懸命考えて、結局出てきたのは・・・・「うんざり」という言葉。彼女はそのとき、心底「うんざり」していたのです。
・・・・・・・・・・
何がどうしてそうなったのか。たまきに耐え難い「うんざり感」をもたらしたそもそもの原因は何なのか - それを解説しているのが「夜をぶっとばせ」だとするなら、本にあるもうひとつの物語「チャカチョンバへの道」は、その後日談にあって、「夜をぶっとばせ」とはまるで異なった様相を呈しています。

「チャカチョンバへの道」では、たまきが「うんざり」するに至った元凶とも言うべき夫・雅彦を主人公とした、およそ「夜をぶっとばせ」とは違う様子の雅彦が描かれています。二人が別れて3年後。あろうことか、雅彦は(2人の関係は何も知らずに)たまきの親友・瑤子と暮らすようになっています。

事の詳細はお読みいただくとして、考えさせられるのは、2つの物語の根っこにあるのは何なんだろうということです。偶然に知り合った者同士が互いに互いを意識するようになり、望んで一緒になったはずなのに、気が付けばおよそ夫婦らしからぬ関係になっています。

たまきはしみじみと「どうしたら夫と結婚せずにすんだのだろう」と考えます。いつの頃からか彼女は、あのときもっと冷静になっていれば、夫という人間についてもっとよく考えていれば、夫と結婚せずにすんだのだろうかと思うようになっています。

雅彦は雅彦で、たまきが出会い系サイトの虜になってしまったことを「ひどい出来事」だったという一言でふり返り、気が付いた時には妻が勝手放題するようになっていたと言い、挙句に悪いのは雅彦だということで、別れるしかなかったと言います。

事が起こる前から妻は自分のことを虫でも見るような目で見ていたし、愛情が残っているほうが不思議だと言います。瑤子に出会ってそれがよくわかったと雅彦は言い、真に愛する女に出会って、たまきのことも子供のこともきれいさっぱり忘れたと言います。

はてさて、井上荒野は何を言わんが為に私たちの前に2つの話を並べてみせたのでしょう。単に夫婦の擦れ違いを描いているわけではないのは分かります。しかしながら、その先にきっとあるはずの、普遍的なものの正体が何であるかが分からないのです。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


夜をぶっとばせ (朝日文庫)

 

◆井上 荒野
1961年東京都生まれ。
成蹊大学文学部英米文学科卒業。

作品 「わたしのヌレエフ」「潤一」「切羽へ」「そこへ行くな」「もう切るわ」「しかたのない水」「ベーコン」「夜を着る」「雉猫心中」「リストランテ アモーレ」「結婚」他多数

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