『向田理髪店』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『向田理髪店』奥田 英朗 光文社 2016年4月20日初版


向田理髪店

 

帯に[過疎の町のから騒ぎ]とあり、[身に沁みて、心がほぐれる物語]とあります。

「向田理髪店」「祭りのあと」「中国からの花嫁」「小さなスナック」「赤い雪」「逃亡者」と、奥田英朗十八番(オハコ)の人情話が6編。泣けるかと思いきや、くすっと笑えて暖かな気持ちになります。

世知辛い世間にあって人と人とが確かに繋がっているのが分かります。各々がそれなりに深刻ではあるのですが、読むと暗くも何ともありません。登場する人物らはどこかしらコミカルで、現実はどうあれ、今ある暮らしを粛々と受け入れているように感じられます。

普通なら暗くなるだけの話を、そうはならないように工夫を凝らして書いてあります。それこそが奥田英朗の真骨頂で、最後には乗り越えた先にある希望や未来というものをきちんと暗示してくれてもいます。安心して読んでください。

・札幌で就職した息子がわずか1年で帰郷。理髪店を継ぐと言い出した。
・幼馴染の老父が突然倒れた。残された奥さんは大丈夫?
・異国の花嫁がやって来た。町民大歓迎。だが新郎はお披露目を避け続ける。なぜ?
・町に久々のスナック新規開店。妖艶なママにオヤジ連中、そわそわ。
・映画のロケ地になり、全町民大興奮。だけどだんだん町の雰囲気が・・・・。
・地元出身の若者が全国指名手配犯に! まさか、あのいい子が・・・・。(光文社より)

こんな話からなる連作短編で、「心配性の理髪店主人が住む過疎の町で起こる騒動を描いた極上の一冊」ということになります。
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舞台は、北海道の中央部にある苫沢町。昔は炭鉱で栄えたものの今は寂れ、財政破綻してしまった過疎の町に、一軒の理髪店があります。そこが向田理髪店で、店主の向田康彦は53歳。28歳のときに父親から引き継ぎ、四半世紀にわたって夫婦で理髪店を営んでいます。

思い起こせば康彦の少年時代というのは、丸々町の衰退期と重なっています。閉山が相次ぎ、クラスメートは次々と転校していき、小中学校も統廃合が繰り返されます。打開策として町は映画祭を誘致し、レジャー施設を造るなど観光に力を注いだものの、すべて振るわず、放漫なハコモノ行政のツケは膨らむばかりだったのです。

康彦が札幌で社会人になった年、苫沢町は財政破綻します。以後、人口流出は止まらず、使用されない図書館や音楽ホールが、だだっ広い自然の中に虚しく点在しています。かつては町に10軒以上あった理髪店も今では2軒になり、客の大半が町の高齢者です。

まるで将来性がない - そう思い、康彦は自分の代で「向田理髪店」を終わらせるつもりでいます。たかだか元炭鉱の散髪屋、誇るほどのものではありません。25歳になる長女の美奈は東京の服飾専門学校に進み、そのまま東京のアパレル会社で働いています。

23歳の長男・和昌は札幌の私立大学を卒業し、同地で中堅の商事会社に就職しています。子供たちに帰って来て欲しいとは思わない。人より牛の数が多い過疎の町に若者を惹きつける要素などひとつもない。(寂しくはあるものの)康彦はそんなふうに思っています。

子供たちには子供たちの人生がある。自分と妻の老後は不安だが、それも仕方がない。そう思っていた矢先のことです。息子の和昌が、苫沢に帰って来ると言い出したのです。
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中学生の頃から床屋は継がないと言っていたはずの和昌が「おれは地元をなんとかしたいわけさ」といきなり理髪店を継ぐと宣言したからと言って、言われた康彦は素直に喜べず、他に何か理由があり居づらくなったので帰ってきただけではないかと思ったりしています。

元来康彦は心配性で、保守的といえば保守的な性格で、どうにも息子の言うことが信用ならないのです。康彦の母は手放しで孫の決意を歓迎し、妻の恭子は「何もこんな田舎の散髪屋を継がなくてもいいのに」と将来を案じつつも内心では喜んでいる様子です。

そんな家族の思いを知ってか知らずか、和昌はまずはアルバイトで学費を貯め、次に理容学校に入り資格を取ると言います。町の木工所で仕事を見つけ、毎朝6時に起きて恭子の作った弁当を持って元気に家を出て行きます。辛そうな顔ひとつ見せません。けれどその明るさに、康彦(だけ)はどこか空元気めいたものを感じてしまうのです・・・・

といった、あるいはそれとは人もスチュエーションもまるで違う出来事が、康彦の周りで次から次へと持ち上がってゆきます。それらはおしなべて近所で暮らす隣人のことであり、町全体に関わることなのですが、康彦は他人事として放っておくことができません。彼は元来が心配性で、何より地元を思う根っからの世話焼きなのです。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


向田理髪店

 

◆奥田 英朗
1959年岐阜県岐阜市生まれ。
岐阜県立岐山高等学校卒業。プランナー、コピーライター、構成作家を経て小説家。

作品 「ウランバーナの森」「最悪」「邪魔」「東京物語」「空中ブランコ」「町長選挙」「沈黙の町で」「無理」「噂の女」「オリンピックの身代金」「ナオミとカナコ」他多数

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