『ブータン、これでいいのだ』(御手洗瑞子)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/12
『ブータン、これでいいのだ』(御手洗瑞子), 作家別(ま行), 御手洗瑞子, 書評(は行)
『ブータン、これでいいのだ』御手洗 瑞子 新潮文庫 2016年6月1日発行
クリーニングに出したセーターの袖は千切れているし、給湯器は壊れてお湯が噴出するし、仕事はまったく思い通りに運ばない。「幸せの国」と言われるブータンだけど、現実には社会問題も山積みです。それでも彼らは、「これでいいのだ」と図太くかまえ、胸を張って笑っている - 。初代首相フェローとしてブータン政府に勤務した著者が、日本人にも伝えたい彼らの「幸せ力」とは。(新潮文庫より)
一時期しきりにマスコミに取り上げられては、「いい国だ、いい国だ」とやたら褒めそやされていたのをみなさんは覚えておられるでしょうか? 若い現国王が新婚の王妃を連れて日本へやって来た時は、大勢の人が並々ならぬ興味を持って迎え入れたものです。
そんな中国とインドに挟まれたヒマラヤにある小国、GDP(国内総生産)の向上よりGHN(国民総幸福量)の最大化を目指すことを善しとする「ブータン王国」に単身乗り込んだうら若き女性というのが、著者である御手洗瑞子その人であります。
「瑞子」と書いて、たまこ。細身の美形で、何より才媛。名前の可愛らしさと秀でた経歴とのギャップに、ちょっと笑えます。
文章だけ読むと、もっともっと上手なエッセイストは山ほどいるように思いますが、何せ直接ブータン政府に雇われて実際に仕事をした人となると、今のところ彼女を置いて他にないのが何よりの強みと言えば強みであるわけで・・・・、
丁寧すぎて、まるで女子高生が書く感想文のような感じで始まっているのですが、(略歴にあるように)彼女は東大の経済学部を卒業した後、(誰もが名前くらいは知っている)米コンサルティング会社、マッキンゼー・アンド・カンパニーで働いていたという人物です。
それがたまたま知人が行ったブータン旅行の話を聞き、撮り貯められた写真を眺めるうちに沸々とブータンのイメージが自分の中に立ち上がるのを自覚したと言います。その1年後、またまた会社の同僚から偶然にもブータン政府がある人材を探しているという情報を入手します。
これがなかなかに並みの求人ではありません。ブータン政府が首相フェローというポジションを作り、第1号となる人を探しているという - 世の凡人にはおよそ想像もつかない求人であるわけです。
ところがたまこ女史は「なんと、そんな機会が! 」と迷わず手を挙げ、応募すると、周りのの厚いサポートもあって(と優しく謙遜しつつも)、みごとその第1号となってかの国へ赴任するに相成ったというわけです。
「首相フェロー」(任期は1年)というのがどれほど重要な仕事で、世界中で何人くらいの人が応募したかは分かりませんが、およそ凡庸な人間には勤まらないということだけは分かります。観光や視察目的で行くわけではなし、知識は無くとも相応の覚悟は要ります。
ありそうでないのがその「覚悟」で、それがあるたまこ女史はそれだけで十分重責を担うだけの資質を持った人だと言えるのでしょう。現在彼女は31歳。日本に戻ってからは東日本大震災後の東北へ行き、現在は「気仙沼ニッティング」という編み物会社を立ち上げて社長として日夜奮闘しているといいます。
まさか、そんな人の本だとは思わずに買ってしまいました。普通の作家さんの旅行記かなんかのつもりで手に取ったのですが、予想外のことに少しびっくりもしています。
どこかの感想文の中に「・・・・、内容はともかくも、いいとこのお嬢さんらしいことがよくわかる」みたいなものがありましたが、なるほどそう言われれば、容姿といい人や物をみる目線に、如何にも育ちの良さげな人の雰囲気が感じられます。
優等生に過ぎてその分毒気がないので物足りなく感じるかも知れません。が、元よりプロの作家さんではないので、それを思えば十二分に為になる本ではあります。もっと写真があれば尚よかった。ブータンがどこにあるのか、知らない人にこそ読んでほしい一冊です。
※ ちなみに、ブータンはインドの北、中国の真南、ヒマラヤの山中に位置する国です。チベット仏教を国教とする地域で、ゾンカ語というブータン独自の言語を国語とし、英語も広く話されています。
面積は38,000平方キロメートルで、九州と同じくらい。日本全体の1/10にあたる大きさです。人口は2009年時点で68万人。都道府県でいうと島根県、東京23区でいうと練馬区や大田区と同じぐらいの人口です。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆御手洗 瑞子
1985年東京都生まれ。
東京大学経済学部卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2010年9月より1年間、ブータン政府に初代首相フェローとして勤め、産業育成に従事。その後、帰国。
作品 「気仙沼ニッティング物語 いいものを編む会社」
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