『こちらあみ子』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/02/17 『こちらあみ子』(今村夏子), 今村夏子, 作家別(あ行), 書評(か行)

『こちらあみ子』今村 夏子 ちくま文庫 2014年6月10日第一刷

あみ子は、少し風変りな女の子。優しい父、一緒に登下校をしてくれる兄、書道教室の先生でお腹には赤ちゃんがいる母、憧れの同級生のり君。純粋なあみ子の行動が、周囲の人々を否応なしに変えていく過程を少女の無垢な視線で鮮やかに描き、独自の世界を示した、第26回太宰治賞、第24回三島由紀夫賞受賞の異才のデビュー作。書き下ろし短編 「チズさん」 を収録。解説 穂村弘、町田康(ちくま文庫)

あみ子は家庭や人間関係をたびたび壊してしまいます。しかもその破壊力たるや、相当なる威力でもって。あみ子にすればそんなつもりは毛頭なく、むしろ皆が喜ぶと信じてそうしているのですが、

あみ子をよく知らない人たちからすると、あみ子の言うことやすることの大方が、あまりに聞き分けのない、あまりに無神経なことのように思えてしまうのでした。

あみ子のせいで優しかった兄の孝太は、ある日を境に突如として不良になります。暴走族に入り、有名になり、たまにしか家へ帰って来なくなります。それまでのようにあみ子と話さず、あみ子を邪険に扱うようになります。

あみ子のせいでお母さんは、何もかもにやる気を失くします。家庭を守り、人気の書道教室をしていたのですが、生まれてくるはずの赤ちゃんが死産だったのを機に、家事をないがしろにし、習字を教える間に居眠りをするようになります。

Ж

最初あみ子は、お母さんのお腹の子を弟と思い込んでいます。実は女の子だったのですが、そのことは随分後になって知らされます。誕生祝いに買ってもらったおもちゃのトランシーバーを使い、あみ子は弟と二人して遊ぶ日を何よりの楽しみにしていました。

不幸な出来事の後、書道教室を再開することになった母へのお祝いとして、兄の孝太は自分が作った木彫りの人形を見せ、あみ子に向かって 「おれ、お母さんにこれあげるけえ、おまえもなんかあげんさい」 と言います。

そのときあみ子が思いついたのが死んでしまった弟のお墓を作ることで、母は以前、あみ子が作った『金魚のおはか』 と 『トムのおはか』 を汚らしいと言っていたから、今度は汚らしくない、きれいな墓を作ろうと思い立ちます。

墓に立てる木の札に書く 『弟の墓』 の字は、どうあってものり君に書いてもらいたい。あみ子とのり君は小学校の同級生で、彼は書道教室にも通っています。最初のり君は書くのを嫌がるのですが、あみ子にしつこく頼まれるうち、とうとう書かざるを得なくなります。

とてもきれいな字で書かれた 『弟の墓』 は何度眺めても飽きることがなく、家に持って帰って動物のシールを貼りつけたら更に見栄えがよくなりました。駐車場の隅にある、青葱の植えられたプランタが並ぶ中にある、何も植えられていないひとつに、

そこには金魚もカブトムシも眠っており、狭いけれど (墓を作る) 場所はそこしかないとあみ子は思います。母を呼び寄せ、シューシューと吹けない口笛を吹きながら、あみ子は母の反応を窺います。

母はきっと喜ぶに違いない。あみ子はそう信じて待つのですが、母からは何の返事もありません。冷凍され、固められたかのようにぴくりとも動きません。- このことで、つまりはあみ子のせいで、(あみ子が好きで好きで仕方ない) のり君までがとばっちりを受けることになります。

お母さんはこれもらってうれしいかの
うれしくないかね
泣いとったじゃろ
うん。でもあれってほんまにいきなりなんよ。あみ子なんにもしてないよ
あみ子
なに?
あみ子
なんなん

兄の孝太は腹が痛むのをこらえているような顔をして、口を開きかけてはまた閉じて、結局それ以上はなにも言わずにあみ子から背を向けます。

あみ子は誰からも叱られることなく事は終わります。しかし、その日から母のやる気はなくなり、追うようにして兄の孝太が不良になります。

※ 町田康の解説もぜひ読んでみてください。読むと、きっとあみ子のことが忘れられなくなります。

この本を読んでみてください係数  85/100


◆今村 夏子
1980年広島県広島市生まれ。

作品 「あたらしい娘」(「こちらあみ子」に改題)で第26回太宰治賞を受賞。本書の単行本で第24回三島由紀夫賞を受賞。2016年発表の「あひる」は第155回芥川賞候補。

関連記事

『携帯の無い青春』(酒井順子)_書評という名の読書感想文

『携帯の無い青春』酒井 順子 幻冬舎文庫 2011年6月10日初版 黒電話の前で、「彼」からの電話

記事を読む

『午後二時の証言者たち』(天野節子)_書評という名の読書感想文

『午後二時の証言者たち』天野 節子 幻冬舎文庫 2017年10月10日初版 八歳の女児が乗用車に撥

記事を読む

『海馬の尻尾』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『海馬の尻尾』荻原 浩 光文社文庫 2020年8月20日初版 二度目の原発事故でど

記事を読む

『紙の月』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『紙の月』 角田 光代  角川春樹事務所 2012年3月8日第一刷 映画 『紙の月』 の全国ロー

記事を読む

『火のないところに煙は』(芦沢央)_絶対に疑ってはいけない。

『火のないところに煙は』芦沢 央 新潮社 2019年1月25日8刷 「神楽坂を舞台

記事を読む

『犯罪調書』(井上ひさし)_書評という名の読書感想文

『犯罪調書』井上 ひさし 中公文庫 2020年9月25日初版 白い下半身を剥き出し

記事を読む

『結婚』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『結婚』井上 荒野 角川文庫 2016年1月25日初版 東京の事務員・亜佐子、佐世保の歌手・マ

記事を読む

『ここは、おしまいの地』(こだま)_書評という名の読書感想文

『ここは、おしまいの地』こだま 講談社文庫 2020年6月11日第1刷 私は 「か

記事を読む

『今夜は眠れない』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

『今夜は眠れない』宮部 みゆき 角川文庫 2022年10月30日57版発行 "放浪

記事を読む

『これはただの夏』(燃え殻)_書評という名の読書感想文

『これはただの夏』燃え殻 新潮文庫 2024年9月1日発行 『ボクたちはみんな大人になれなか

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『黒い絵』(原田マハ)_書評という名の読書感想文

『黒い絵』原田 マハ 講談社文庫 2025年11月14日 第1刷発行

『この地獄を生きるのだ』(小林エリコ)_書評という名の読書感想文

『この地獄を生きるのだ』小林 エリコ ちくま文庫 2025年11月1

『カラスは言った』(渡辺優)_書評という名の読書感想文

『カラスは言った』渡辺 優 中公文庫 2025年11月25日 初版発

『崩壊』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『崩壊』塩田 武士 PHP文芸文庫 2025年10月22日 第1版第

『禁断の中国史』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文

『禁断の中国史』百田 尚樹 幻冬舎文庫 2025年11月10日初版発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑