『ぼくは落ち着きがない』(長嶋有)_書評という名の読書感想文

『ぼくは落ち着きがない』長嶋 有 光文社文庫 2011年5月20日初版


ぼくは落ち着きがない (光文社文庫)

 

両開きのドアを押して入るとカウンターがある。そこは西部劇の酒場・・・・ではなく図書室だった。桜ヶ丘高校の図書部員・望美は今日も朝一番に部室へ行く。そこには不機嫌な頼子、柔道部と掛け持ちの幸治など様々な面々が揃っている。決して事件は起こらない。でも、高校生だからこその悩み、友情、そして恋・・・・すべてが詰まった話題の不可思議学園小説の文庫化。(光文社文庫より)

何かと話題になっていたのは、知っていました。芥川賞受賞作『猛スピードで母は』や『佐渡の三人』といった傑作な小説を読むには読んでいた私としては、きっとこの小説も面白いに違いないと思って読んではみたのです。

齢60を前にして「あの頃」のことを一生懸命思い出そうと努力はしたのです。したにはしたのですが、小説ほどには書くべきことが思い当たらず、他にこれといったことがないので仕方なくこんなことを書くのですが・・・・

こんな私にもほろ苦く甘酸っぱい、(男ですから)汗臭くもあった高校時代が確かにあり、図書部などではなくまるきりの体育系だった私の場合は、男臭い空気ばかりが漂うむさ苦しい部室にあって、わけもなく集まってはくだらぬ話で盛上がったりしていたものです。

当時部室は改築前の木造の体育館の隅にあって、お世辞にも立派とは言えず、建屋の隙間から夏には夏らしい風が、冬には耐え難い寒気が好き放題に入り込むような有り様でした。

私のいたバスケの部室の隣に、(何の部屋かは忘れてしまいましたが)体育の時間になると女子が着替えのために使う部屋がありまして、我々の部室は体育館の中からでないと行けない造りになっており、逆に隣の部屋は、体育館の外側からしか出入りができません。

部屋を使う際に互いが行き合うことは間違ってもない状況で、つまりは限りなく犯人が誰かは特定されない中で、隙間だらけの薄い板だけで仕切られた壁を挟んだ向こう側では今まさに着替え中の女子がきゃーきゃーわいわいと騒ぎつつ、制服を脱ぎ、スカートを下ろして・・・・

あの時先輩にも後輩にもこれを極秘とし、めくるめくひと時を唯一人共に味わった同級生の白井・・・・。白井は知り合った頃から真面目な男で、卒業後は大学に現役で合格し、地元の役場に入り公務員となり、来年定年の今えらく立派になったと聞きます。

※ ちなみに結局このことは2度目にバレて - 部屋を覗く節穴があるのは天井近くで、張り付いているためには相当な握力と筋力が必要で、それに耐えられず足を踏み外しデカい音を出して気付かれ - その後女子は教室で着替えをするようになりました。
・・・・・・・・・・
そう言えば、まだ新任早々に思える沢島という男の先生がいたのを覚えています。入学して最初の授業のとき - 沢島先生は地理の先生でした - 先生は自己紹介の代わりだと言って教室にいる生徒全員に向かってこんなことを言いました。

- 君たちに本を読めとは言わない。その代りにといっては何だが、できればちょっと親に無理を頼んで本棚を買ってもらいなさい。そして、たまには行くだろう本屋で、少しでも興味のある本を見かけたらなるたけその本を買うようにしなさいと。

すぐに読まなくてもかまわない。買った本はきちんと本棚に並べ置いて、いつでも見えるようにしておきなさい。そうすればこれから先のいつか、どんな時かは分からないけれど、きっとその本を読みたいと思う時が来る。そのときのためにまず本棚を準備し、次に本を買う習慣を身に付けてください - と、そう言ったのです。

40年以上も前の、5分程の話です。違うクラスにいた私の妻も、この話をすると私も覚えていると言います。(沢島先生は妻のクラスの担任でした)その時は何でもなく聞き流したようにしか覚えていなかったものが、今思えば、けだし名言であるのが分かります。

さて、この小説中にあってはもっともっと色んな事が起こります。私みたいな下衆っぽい話ではなくて、それぞれが、それなりに「為になり」ます。

ときにある女子は顧問の先生との不倫を噂され、またある女子は宣言して不登校になります。作家になるんだと言い、自分の書いた小説を部室に持ち込む男子がいたり、まるで浮いた存在ではあるのですが、皆が頭を悩ますようなことに限って妙に博識な男子がいます。

一度に貸出限度一杯の6冊の本を借り、それを繰り返す謎の転校生・片岡哲生がいます。前にいた美人の司書先生が文学新人賞を受賞し、その女先生に激しく憧れている女子がいます。それが望美という女子で、物語は彼女目線で進行してゆきます。

但し、大概は図書室と、図書室に併設された部室の中での話。大変な事が起こりそうで、実はそう大したことは起こりません。起こらないのですが、何かが起こるのを期待してそわそわしている気配や気分があって、それでどうにも「落ち着かない」のです。

 

この本を読んでみてください係数  80/100


ぼくは落ち着きがない (光文社文庫)

◆長嶋 有
1972年埼玉県草加市生まれ。
東洋大学第2部文学部国文学科卒業。

作品 「サイドカーに犬」「猛スピードで母は」「夕子ちゃんの近道」「タンノイのエジンバラ」「ジャージの二人」「佐渡の三人」「パラレル」「泣かない女はいない」他多数

関連記事

『骨を彩る』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『骨を彩る』彩瀬 まる 幻冬舎文庫 2017年2月10日初版 骨を彩る (幻冬舎文庫) 十年

記事を読む

『ぼっけえ、きょうてえ』(岩井志麻子)_書評という名の読書感想文

『ぼっけえ、きょうてえ』岩井 志麻子 角川書店 1999年10月30日初版 ぼっけえ、きょうて

記事を読む

『左手首』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『左手首』黒川 博行 新潮社 2002年3月15日発行 左手首 (新潮文庫)  

記事を読む

『作家刑事毒島』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『作家刑事毒島』中山 七里 幻冬舎文庫 2018年10月10日初版 作家刑事毒島 (幻冬舎文庫

記事を読む

『窓の魚』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『窓の魚』西 加奈子 新潮文庫 2011年1月1日発行 窓の魚 (新潮文庫)  

記事を読む

『妻が椎茸だったころ』(中島京子)_書評という名の読書感想文

『妻が椎茸だったころ』中島 京子 講談社文庫 2016年12月15日第一刷 妻が椎茸だったころ

記事を読む

『ひざまずいて足をお舐め』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『ひざまずいて足をお舐め』山田 詠美 新潮文庫 1991年11月25日発行 ひざまずいて足をお舐め

記事を読む

『去年の冬、きみと別れ』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『去年の冬、きみと別れ』中村 文則 幻冬舎文庫 2016年4月25日初版 去年の冬、きみと別れ

記事を読む

『義弟 (おとうと)』(永井するみ)_書評という名の読書感想文

『義弟 (おとうと)』永井 するみ 集英社文庫 2019年5月25日第1刷 義弟 (集英社文

記事を読む

『最後の命』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『最後の命』中村 文則 講談社文庫 2010年7月15日第一刷 最後の命 (講談社文庫)

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『日没』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『日没』桐野 夏生 岩波書店 2020年9月29日第1刷 日没

『小説 ドラマ恐怖新聞』(原作:つのだじろう 脚本:高山直也 シリーズ構成:乙一 ノベライズ:八坂圭)_書評という名の読書感想文

『小説 ドラマ恐怖新聞』原作:つのだじろう 脚本:高山直也 シリーズ

『夜がどれほど暗くても』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『夜がどれほど暗くても』中山 七里 ハルキ文庫 2020年10月8日

『ボニン浄土』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『ボニン浄土』宇佐美 まこと 小学館 2020年6月21日初版

『向こう側の、ヨーコ』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『向こう側の、ヨーコ』真梨 幸子 光文社文庫 2020年9月20日初

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑