『森の家』(千早茜)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『森の家』(千早茜), 作家別(た行), 千早茜, 書評(ま行)

『森の家』千早 茜 講談社文庫 2015年12月15日第一刷

自由のない家族関係を嫌う美里は、一回り年上の恋人と彼の息子が住む家に転がりこむ。お互いに深く干渉しない気ままな生活を楽しむ美里だったが、突然の恋人の失踪でそれは破られた。崩壊寸前の疑似家族は恢復するのか? 血の繋がりを憎むのに、それを諦めきれない三人。次世代を担う女流作家の新家族小説。(講談社文庫)

あとがきには、こんなことが書いてあります。

家族とはなにか。ずっと考えてきたし、これからも考えていくだろう。その問いの答えも変わっていく気がする。
ただ、昔も今も思う。
そこは、正しい場所でなくてもいい。

言わんとするニュアンスは分からぬではないのですが、どこかしら引っかかるものがあり、すっきりしません。

今いる場所(家族)が自分にとって相応しくない(と感じる)から「正しい場所でなくてもいい」というような言い方になるのでしょうが、「家族とはなにか」という問いかけに対する答えになっているかというと、どうもそうは思えないのです。

言いたいことは、本当は「家族」のことではなく、別の何かではないかと。例えば自分自身の生き方であったり、自分が関わる人の人生であったり。ベースにあるのが家族だというのは分かるのですが、家族を語るにはやや事情が特殊に過ぎてリアルではないように感じられます。

そもそも完全無欠な家族などないとするべきでしょうし、家族の形態は時に応じて変化もします。「問いの答えも変わっていく気がする」のは当然なことで、要は「今いる自分に限っての(家族を含む)他者との関係」についてを語ろうとしているのだろうと思うのです。

普通考えるに、誰しもにとって家族とはあらかじめ仕組まれたものであり、抗いたくとも抗えない、それでしかないものであるのだろうと思います。それが正しいか正しくないかを今更に問うても、何がどうなるというのか。そこが釈然としません。

仮にも正しいか正しくないかの境界線があるとしたら、それはどこで引かれるべき線なのでしょう。もし答えが正しくないとした場合、今在る家族と離れ、別の暮らしを手に入れたとして、それですべてはチャラになるとでも言うのでしょうか。

そんなことは金輪際あり得ないことで、千早茜はこの小説で「家族」を描いたつもりでいるのでしょうが、私にしてみれば、奔放なだけの独身女性が思い違いをして家を飛び出し、挙句に途方に暮れているふうにしか感じられないのです。

だってそうでしょう。

頑固で融通の利かない父親、過干渉で口うるさい母親、二十歳を過ぎ十分大人になった今も自由がなく窮屈なばかりに家を飛び出して一人暮らしをする息子や娘がいたとしたら、その元あった家族(家)は正しい場所とは言えず、両親らは何かしら誤謬を犯したことにでもなるというのでしょうか。

そうではないでしょう。家を出たのは、あなたなのですから。この小説でいうなら、美里、美里の恋人の佐藤聡平、聡平に育てられている「まりも」という名の青年もまた、ある意味においては本来あるべき家族の関係を、意図して放棄しています。

放棄しているように見受けられはするのですが、(当たり前すぎて書くのもどうかと思いますが)心の内では何一つ割り切ってなどいないのです。気付いていない、あるいは気付くのが怖いばかりに気付かぬふりをしているのが、よく分かります。

美里も聡平も、まりももそう。三人は、理屈では「家族」であることの理想や「家族とは違う」関係に執着するあまり本心を蔑ろにしてはいますが、そうであるので、尚更に「家族」を欲しているのが分かります。

なら、正直にそう言えばいいのに。如何にも明かされない真実を言うようにして、「そこは、正しい場所でなくてもいい」などと声高に言う必要がどこにあるのでしょうか。

何でもないことを何か特別なことのように書いているだけに思えるのですが、さて皆さんはどうお感じになるのでしょう。こんなことを一々「正しくない」とするなら、世の中に正しい家族などいるはずがないと思うのですが。

この本を読んでみてください係数  80/100


◆千早 茜
1979年北海道江別市生まれ。
立命館大学文学部人文総合インスティテュート卒業。

作品 「おとぎのかけら 新釈西洋童話集」「からまる」「桜の首飾り」「あとかた」「魚神」「眠りの庭」「男ともだち」など

関連記事

『緑の我が家』(小野不由美)_書評という名の読書感想文

『緑の我が家』小野 不由美 角川文庫 2022年10月25日初版発行 物語の冒頭はこ

記事を読む

『改良』(遠野遥)_書評という名の読書感想文

『改良』遠野 遥 河出文庫 2022年1月20日初版発行 これが、芥川賞作家・遠野

記事を読む

『アレグリアとは仕事はできない』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『アレグリアとは仕事はできない』津村 記久子 ちくま文庫 2013年6月10日第一刷 万物には魂

記事を読む

『無理』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『無理』奥田 英朗 文芸春秋 2009年9月30日第一刷 〈ゆめの市〉は、「湯田」「目方」「

記事を読む

『欺す衆生』(月村了衛)_書評という名の読書感想文

『欺す衆生』月村 了衛 新潮文庫 2022年3月1日発行 詐欺の天才が闇の帝王に成

記事を読む

『おとぎのかけら/新釈西洋童話集』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『おとぎのかけら/新釈西洋童話集』千早 茜 集英社文庫 2013年8月25日第一刷 母親から育児放

記事を読む

『日曜日の人々/サンデー・ピープル』(高橋弘希)_書評という名の読書感想文

『日曜日の人々/サンデー・ピープル』高橋 弘希 講談社文庫 2019年10月16日第1刷

記事を読む

『愛と人生』(滝口悠生)_書評という名の読書感想文

『愛と人生』滝口 悠生 講談社文庫 2018年12月14日第一刷 「男はつらいよ」

記事を読む

『小説 ドラマ恐怖新聞』(原作:つのだじろう 脚本:高山直也 シリーズ構成:乙一 ノベライズ:八坂圭)_書評という名の読書感想文

『小説 ドラマ恐怖新聞』原作:つのだじろう 脚本:高山直也 シリーズ構成:乙一 ノベライズ:八坂圭

記事を読む

『おいしいごはんが食べられますように』(高瀬隼子)_書評という名の読書感想文

『おいしいごはんが食べられますように』高瀬 隼子 講談社 2022年8月5日第8刷

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『作家刑事毒島の嘲笑』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『作家刑事毒島の嘲笑』中山 七里 幻冬舎文庫 2024年9月5日 初

『バリ山行』(松永K三蔵)_書評という名の読書感想文

『バリ山行』松永K三蔵 講談社 2024年7月25日 第1刷発行

『少女葬』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『少女葬』櫛木 理宇 新潮文庫 2024年2月20日 2刷

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(麻布競馬場)_書評という名の読書感想文

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』麻布競馬場 集英社文庫 2

『これはただの夏』(燃え殻)_書評という名の読書感想文

『これはただの夏』燃え殻 新潮文庫 2024年9月1日発行 『

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑