『この年齢(とし)だった! 』(酒井順子)_書評という名の読書感想文

『この年齢(とし)だった! 』酒井 順子 集英社文庫 2015年8月25日第一刷


この年齢だった! (集英社文庫(日本))

中の一編、夭折の詩人・金子みすゞについての話を紹介したいと思います。山口県の日本海側にある仙崎という漁港。かつては鯨漁などでずいぶん栄えたそうですが、今はのどかで静かな、港町。仙崎には今、みすゞ通りと名付けられた道があります。

金子みすゞの生家である書店があった商店街。生家跡が金子みすゞ記念館となり、観光名所となっています。東日本大震災の後は、コマーシャルでみすゞの詩がさかんに流れ、記念館に来る人がさらに増えているといいます。

彼女の詩というと、草花や小さな生き物が出てくる、可愛らしい作品が思い浮かぶのですが、ではみすゞ自身の生涯はというと、作風とは反対に、悩みと苦しみの深さのあまりに、結果彼女は26歳という若さで自らの命を絶ちます。

金子みすゞは、本名を金子テルと言います。テルには両親と祖母と兄がおり、後に弟が生まれます。下関の書店・上山文英堂の清国支店を任されることになった父が満州に旅立った後、急死。テルはまだ3歳になろうかという時のことです。

跡取りのいない上山文英堂に、弟の正祐が養子としてもらわれていきます。父がいなくなった金子家では上山文英堂の後ろ盾を得て、金子文英堂という書店を仙崎に開くことになります。そんな中、テルは尋常小学校、その先の女学校でも成績優秀を通します。

この頃、下関の上山文英堂に嫁いでいたテルの母の妹が亡くなり、テルの母が妹の代わりのようにして上山へ嫁ぐことになります。ためにテルは奨められていた女子師範学校への進学を断り、金子文英堂を手伝うようになります。

その頃から、上山文英堂に養子として入った弟・正祐が、仙崎へしばしば遊びにくるようになります。正祐はテルが実の姉だとは知らされていません。彼はテルをいとこだと思い慣れ親しんで、やがて異性として惹かれるようになってゆきます。

兄が結婚し、小姑となったテルは下関の母のもとへと移り、上山文英堂で働くことになります。正祐は大喜びで、何かとテルにまとわりつくのですが、テルは正祐が弟だと知っており、けじめをつけるためにも彼のことを「坊ちゃん」と呼びます。

下関に移ってしばらくの生活は、テルにとって幸せであったようです。好きな時に好きなだけ、本を読むことができます。特に西條八十の童謡が大好きだったテルは、その頃20歳。「金子みすゞ」というペンネームで、童話雑誌への投稿を始めます。

みすゞの詩はあらゆる雑誌に採用されます。その一つに「海の魚はかわいそう」で始まる『おさかな』という詩があります。牛や鯉とは違い、海の魚は人に全く世話をかけていないのに「こうして私に食べられる」。だから、「ほんとうに魚はかわいそう」だとあります。

雪を見て「上の雪 さむかろな」「下の雪 重かろな」「中の雪 さみしかろな」(『積もった雪』)と詠み、浜で賑わう鰮の大漁に「海のなかでは何万の 鰮のとむらいするだろう」と、魚の視点を通して人の様子を見ているみすゞ。毎回のように雑誌に載るみすゞの詩を、西條八十は「若き童謡詩人の中の巨星」と、その才能を激賞したといいます。

その頃持ち上がるのが、みすゞの結婚話。上山文英堂の主人の手引きで、相手が店の番頭的存在の男性とあっては、みすゞには逆らうことができません。弟・正祐のことも気にかかり、(正祐には思い切って真実を告白した上で)みすゞは結婚を決意します。しかし、

この時した決意こそが、その後のみすゞの人生を大きく変えてしまうことになります。夫は遊びが激しい人物で、それが理由で上山文英堂をクビになり、離婚話になります。が、みすゞはそのとき妊娠しており、やむなく離婚を諦めることになります。

夫は定職につくことができず、引っ越しを繰り返します。金に不自由するばかりか、夫が遊郭で得た性病をうつされ、寝たり起きたりの生活をするようになります。みすゞはそれでも創作をしようとしますが、夫はそれを許しません。みすゞに激しく嫉妬し、詩作はおろか、文通など一切を止められてしまいます。

1930年(昭和5年)、ようやくのこと二人は離婚します。みすゞは生まれてきた娘・ふさえは自分で育てたいと、子供だけを連れて上山文英堂へと戻ってきます。ところが、ほどなくして元夫から「ふさえを連れにいく」との手紙が届きます。

当時、親権は父親にある時代。父親が連れていくといったら、渡さざるを得ません。父親がふさえを連れに来る前日、みすゞは写真館へ行って写真を撮ります。帰りに桜餅を買い、桜餅と夕食を家族で食べたあと、ふさえを風呂に入れます。

娘に病気をうつさないようにと、自らは湯船に入らず、ただただ、童謡をたくさん歌ってやります。風呂から出て眠ったふさえの顔を見て、しばらくは動かないでいます。そうして彼女は二階に上がり、睡眠薬を飲んだのでした・・・・

こんな人やあんな人の、合わせて27人の女性の「人生の転機」にまつわる話が収められています。

 

この本を読んでみてください係数  85/100


この年齢だった! (集英社文庫(日本))

 

◆酒井 順子
1966年東京都生まれ。
立教大学社会学部卒業。

作品 「負け犬の遠吠え」「儒教と負け犬」「おばさん未満」「泡沫日記」「ユーミンの罪」「地震と独身」「携帯の無い青春」他多数

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