『悪逆』(黒川博行)_書評という名の読書感想文
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『悪逆』(黒川博行), 作家別(か行), 書評(あ行), 黒川博行
『悪逆』黒川 博行 朝日新聞出版 2023年10月30日 第1刷発行
過払い金マフィア、マルチの親玉、カルトの宗務総長 - 社会に巣食う悪党が次々と殺害される ラスト5ページまで結末が読めない本年度最注目のクライム・サスペンス 第58回吉川英治文学賞受賞作

「この事件 (ヤマ) は危ない。腐りそうな気がする」
周到な準備と計画で強盗殺人を遂行していく男 - 。府警捜査一課の舘野と箕面北署のベテラン刑事・玉川が箕面で起きた広告代理店元社長の殺害事件を追うなか、手口の異なる新たな強盗殺人が発生する。被害者同士には面識があり、それぞれに士業詐欺とマルチ商法によって莫大な金を稼いだ二人は、情報屋の標的となっていた。さらには戦時中に麻薬密売組織に関わり、政治家とも昵懇だった新興宗教の宗務総長が殺害される。警察捜査を巧みに攪乱する男の目的とは - 。舘野と玉川は、凶悪な知能犯による完全犯罪を突き崩すことができるのか? 犯罪の最前線で追う者と追われる者を活写する新次元のクライム・サスペンス (朝日新聞出版)
黒川作品は、ほぼ全部読んでいます。その私が言うのですから、間違いありません。これが (これも) 直木賞でいいのではないかと。579ページある本を一気に読みました。
カタルシス VS. ピカレスクの魅力 (池上冬樹 「朝日新聞出版さんぽ」 より)
黒川博行の小説は読みとばせない。軽妙ですいすい読めるのに、台詞の一つひとつに味があり、笑いがあり、キャラクター描写の冴えがある。相変わらず語りの巧さは天下一品で、大胆で不埒なストーリー、賑々しいキャラクターの妙、リズミカルで生き生きとした会話が素晴らしく、笑いながら頁を繰っていく。退屈に思えるところなど微塵もない。さすがは 「浪速の読物キング」 (伊集院静) だ。
物語はまず、殺し屋が広告代理店元社長大迫を殺す場面から始まる。綿密に計画を立てて、証拠を一切残さずに、金塊のありかを吐かせて、残酷に殺す場面なのだが、徹底したプロ意識に貫かれた犯行で、警察捜査が手こずるだろうことが予測される。
事件はそれで終わるわけではありません。考え抜かれた綿密な計画のもとに繰り返される凶悪かつ大胆な犯行に、当初警察はなすすべがありません。完璧に過ぎる犯行に、犯人の影すら掴むことができません。そんな捜査の最前線に送り込まれたのが、府警捜査一課の舘野と箕面北署のベテラン刑事・玉川のコンビでした。二人は互いをたーやん、玉さんと呼び合い、昼夜を分かたず捜査に励みます。
- この綿密な犯罪遂行と綿密な警察捜査が交互に捉えられるカットバックが実に秀逸。殺し屋と警察の動きが逐一描かれてあり、警察の動きが犯人に追いつかないのではないかと思えるほど犯人側のほうが警察のはるか先をいく。未解決に終わるのではないかと玉川が考えるほど殺し屋は尻尾をつかませないのだ。それでも徐々に捜査が進展し、少しずつ犯人に近づいて、監視体制を整えるあたりから物語は大いに盛り上がることになる。
帯に 「ラスト5ページまで結末が読めない」 とあります。犯人か、警察か。どちらが有利で、どちらが最後に笑うのか? 息を呑む両者の攻防は、最後の最後まで続きます。
よって、結論。
『悪逆』 は面白い。文句なしに面白い。絶対のお薦めだ。(太字は全て池上氏の書評より)
この本を読んでみてください係数 90/100

◆黒川 博行
1949年愛媛県今治市生まれ。
京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。
作品 「二度のお別れ」「雨に殺せば」「ドアの向こうに」「迅雷」「悪果」「疫病神」「国境」「螻蛄」「文福茶釜」「煙霞」「暗礁」「破門」「泥濘」「後妻業」「勁草」「騙る」「連鎖」他多数
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