『チョウセンアサガオの咲く夏』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『チョウセンアサガオの咲く夏』柚月 裕子 角川文庫 2024年4月25日 初版発行

美しい花には毒がある 献身的に母の介護を続ける娘の楽しみとは・・・・・・・。デビューから15年、初のオムニバス短編集

「佐方貞夫」 シリーズスピンオフ作品をはじめ多ジャンル作を集めた、著者初のオムニバス短編集。全部で11編あります。内、冒頭の表題作とそれに続く二編を紹介したいと思います。私は、こういう話を書く柚月裕子がとても好きです。

第一編 「チョウセンアサガオの咲く夏

山間の田舎町にある実家で暮らす美津子は、認知症で半分寝たきりの母・芳枝を看病している。往診にやって来たかかりつけ医の平山は 「美津子ちゃんはほんとに偉いなあ」 と献身ぶりをねぎらいながら、母を施設に預けるという選択肢もあるとほのめかし、新しい人生を共にする男性も紹介できると伝える。しかし、美津子はきっぱり断る。「先生のお心遣いはありがたいんですが、私、いまのままでええんです。母は手がかかる私を、ずっと大事に育ててくれました」。その恩返しがしたいのだ、と。美津子の唯一の趣味は、園芸だ。真夏の庭には今、チョウセンアサガオの白い花が咲いている。毒性を持つ植物であるため、手入れは慎重に行わなければいけなくて -。

おそらく読者は最終盤で二度、驚くことになるだろう。いや、一度目の時は 「やっぱりね」 と思っているかもしれない。主人公の関係性に潜む秘密を当てたつもりになっているからこそ、その数行後に訪れる二度目の驚きが倍増する。

第二編 「泣き虫 (みす) の鈴

大正八年生まれ、今年で十二歳になる主人公の八彦 (やひこ) は郷里を出て、養蚕業を手広く営む豪農・本多家にて住み込みで働いている。家族を助けるためにという父の頼みで奉公に出たが、いじめにも遭いしんどい毎日だ。辛いことがあると裏山のお稲荷さんにやってきて、郷里を出た際に母親からもらった赤い紐のついた鈴を 「チリン、リン、リン」 と鳴らす。その音色の心細さが、八彦の心情を如実に表している。主人公の感情を直接書かず風景に託す、情景描写が抜群にエモーショナルだ。

孤独に苛まれ生きる気力を失っている八彦の心情は、蚕たちの生命力と魅力的なコントラストをなしている。〈蚕が桑の葉を食べるしゃくしゃくという音は、蚕室から離れたところにある八彦の寝室まで聞こえてきた。休みなく餌を求める蚕に、奉公人と傭人たちは、不眠不休で桑の葉を与える〉。そんな日常に、新たな音が入り込む。瞽女 (ごぜ) が奏でる三味線と唄だ。瞽女とは、二、三人で組をつくり旅をする盲目の女芸人、この日やって来た三人組のうちの一人は自分よりも幼い少女で、彼女の背負っている運命を知って心が動かされ・・・・・・・。(解説より)

※最後の 「佐方貞夫」 シリーズスピンオフ作品はイマイチでした。「佐方貞夫」 は、できれば長編でじっくり読みたいものです。中には珍しくマンガの主人公を題材にした 「黙れおそ松」 のような作品もあります。15年の、苦心の跡が見えるようです。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆柚月 裕子 1968年岩手県生まれ。

作品 「臨床真理」「盤上の向日葵」「最後の証人」「検事の本懐」「検事の死命」「検事の信義」「ウツボカズラの甘い息」「朽ちないサクラ」「合理的にあり得ない」 他多数

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