『夜が明ける』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『夜が明ける』西 加奈子 新潮文庫 2024年7月1日 発行

5年ぶりの長編小説 2022年本屋大賞ノミネート 高校生から30代まで - ふたりの友情と再生。

を生きる痛みを見据え、新境地を切り開いた傑作。

15歳のとき、俺はアキに出会った。191センチの巨体で、フィンランドの異形の俳優にそっくりなアキと俺は、急速に親しくなった。やがてアキは演劇を志し、大学を卒業した俺はテレビ業界に就職。親を亡くしても、仕事は過酷でも、若い俺たちは希望に満ち溢れていた。それなのに - 。この夜は、本当に明けるのだろうか。苛烈すぎる時代に放り出された傷だらけの男二人、その友情と救いの物語。(新潮文庫)

大柄で顔がいかつく、おまけに吃音だった深沢暁には、友だちと呼べる同級生は一人もいませんでした。実は小心で優しすぎるくらい優しい心の持ち主だったのですが、見た目故、クラスの誰もが話しかけようとさえしません。皆は暁を恐れ、暁はいつも独りでした。

お前はアキ・マケライネンだよ! 」 - 暁に 「俺」 が初めてかけた言葉でした。映画 『男たちの朝』 に出てくるフィンランドの俳優・マケライネンにそっくりだと。そして、映画を観た暁は 「ぼ、ぼ、僕かと思った」 と。以後、暁は 「深沢」 ではなく 「アキ」 と呼ぶことを求め、やがてそれは皆が呼ぶところとなります。

始まりは、こうです。

アキ・マケライネンのことをあいつに教えたのは俺だ。
だから俺には、あいつの人生に責任がある。マケライネンのことを教えたということは、すなわちあいつの人生を変えたということだからだ。

深沢暁。俺の友達。
俺は、アキと呼んでいる。マケライネンの名前と同じ
アキ。そう呼んでくれと言ったのはあいつだった。

あいつのことを知ってほしい。きっと長い話になるけど。
アキは自分のことをほとんど語らなかった。だから俺が知っているアキは、奴の人生のほんの一端に過ぎない。でも、俺には日記がある。アキの日記だ。俺が知らない間のアキは、その日記の中にいる。あいつの汚い字がびっしり並んだ、グレーの表紙の大学ノート。それはアキが母親からもらった初めての、そして最後のプレゼントだった。

あいつの人生を知ることが、あなたの役に立つかどうかは分からない。いや、正直言って役になんて立たないと思う。あいつの人生は役に立つとか効率 みたいなものとは、およそ無縁だったからだ。それに、真似したいかと言われると、イエスと言えるようなものではなかった、決して。

でも知ってほしいんだ。あいつが生きていたこと。この世界で、あいつの体で、どんな風に生きていたか。そして許されるのなら、俺自身のことも。(本文 冒頭より)

※描かれているのは貧困や虐待、過重労働、あらゆるハラスメントや誹謗中傷、現代社会のなかで実際に存在することばかりです。テレビ業界の裏側でもがき苦しむ 「俺」 と、虐待と貧困にさらされながらもなお真摯に生きようとする 「アキ」 とを重ね、生き辛く、ややもすると壊れて投げ出してしまいそうになる己の現状に何がしか希望の光を見出そうと。これは、その努力と再生の物語です。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆西 加奈子
1977年イラン、テヘラン生まれ。エジプト、大阪府堺市育ち。
関西大学法学部卒業。

作品 「あおい」「さくら」「きいろいゾウ」「漁港の肉子ちゃん」「通天閣」「円卓」「ふくわらい」「サラバ!」「ふる」「 i 」「くもをさがす」他多数

関連記事

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日 第1刷発行 孤立した無菌

記事を読む

『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』(谷川俊太郎)_書評という名の読書感想文

『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』谷川 俊太郎 青土社 1975年9月20日初版発行

記事を読む

『夜また夜の深い夜』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『夜また夜の深い夜』桐野 夏生 幻冬舎 2014年10月10日第一刷 桐野夏生の新刊。帯には

記事を読む

『余命一年、男をかう』(吉川トリコ)_書評という名の読書感想文

『余命一年、男をかう』吉川 トリコ 講談社文庫 2024年5月15日 第1刷発行 「いきなり

記事を読む

『迷宮』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『迷宮』中村 文則 新潮文庫 2015年4月1日発行 すべての始まりは、日置事件でした。

記事を読む

『隣はシリアルキラー』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『隣はシリアルキラー』中山 七里 集英社文庫 2023年4月25日第1刷 「ぎりっ

記事を読む

『やめるときも、すこやかなるときも』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『やめるときも、すこやかなるときも』窪 美澄 集英社文庫 2019年11月25日第1刷

記事を読む

『誘拐』(本田靖春)_書評という名の読書感想文

『誘拐』本田 靖春 ちくま文庫 2005年10月10日第一刷 東京オリンピックを翌年にひかえた19

記事を読む

『グラニテ』(永井するみ)_書評という名の読書感想文

『グラニテ』永井 するみ 集英社文庫 2018年2月25日第一刷 "女" になるあなたが許せない。

記事を読む

『疫病神』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『疫病神』黒川博行 新潮社 1997年3月15日発行 黒川博行の代表的な長編が並ぶ「疫病神シリー

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『神童』(谷崎潤一郎)_書評という名の読書感想文

『神童』谷崎 潤一郎 角川文庫 2024年3月25日 初版発行

『孤蝶の城 』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『孤蝶の城 』桜木 紫乃 新潮文庫 2025年4月1日 発行

『春のこわいもの』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『春のこわいもの』川上 未映子 新潮文庫 2025年4月1日 発行

『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)_書評という名の読書感想文

『銀河鉄道の夜』宮沢 賢治 角川文庫 2024年11月15日 3版発

『どうしてわたしはあの子じゃないの』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『どうしてわたしはあの子じゃないの』寺地 はるな 双葉文庫 2023

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑