『あめりかむら』(石田千)_書評という名の読書感想文

『あめりかむら』石田 千 新潮文庫 2024年8月1日 発行

一穂ミチ激賞!! 百万人に理解されなくても一万人の人の胸に自分の人生に必要な本だと届いてほしい。

わかり合えないと切り捨てたはずの人の一生が、どうしてこんなにも胸にかなしみを溢れさせるのだろう。病再発の不安を振り切るように出た旅先の大阪で、通りすがりのやさしさに触れて気づく友への哀惜が涙を誘う表題作あめりかむら。下町の古本屋を兼ねた居酒屋での人情ドラマ大踏切書店のこと、いじめに遭う幼子と、犬との心の交流を描いたクリなど魂を揺さぶる5編の小説集。(新潮文庫)

初読。“勘“ と “匂い“ で買いました。石田千という名前すら知りませんでした。あとでわかるのですが、エッセイストでもある著者は大学在学中から16年間に渡り嵐山光三郎氏の助手を務め、2016年からは東海大学文化社会学部の教授としての仕事もしているらしい。受賞こそ叶わなかったものの、芥川賞や野間文芸新人賞に複数回ノミネートされてもいます。

おそろしく “こだわりがある“ 人ではないかと。(自他共に) 人の言動の一々に敏感に反応し、その心を理解し整理しないことには前に進めないような。根に持ち、くさし、けれども面と向かっては言えないような。地味で小心で目立ちはしないものの、見るべきものを見、聞くべきことを聞ける人ではあるものの、多少付き合いづらくはあるような - 少なくとも (表題作 「あめりかむら」 に登場する) 道子はそんな女性に思えます。

不器用な人、というのは無条件に応援したくなる。こつこつと地味な仕事をいとわない人。他人を押しのけて前に出ようとしない人。労や手柄を誇らない人。逆もまた然りで、器用な人に対しては 「ちぇっ」 という気持ちを拭えない。臆面もなく先頭に立って旗を振り、ちゃっかりおいしいところを持っていく人。他人を出し抜いて舌を出す人。「あんなふうにはなりたくない」 と冷静に見切ったふりをする心の片隅には、裏返った嫉妬が転がっている。(以下略)

表題作 『あめりかむら』 に出てくる戸田君は、まさにそういう人だった。今ならきっと各種SNSを駆使してたくさんのフォロワーを抱えているに違いない。情報のシェアに積極的で、堂々と自撮りも載せるし、人間関係や仕事について気の利いた箴言 (めいたこと) をつぶやいてたまにプチバズリする。

わたしは、フォローしていないのに流れてくる彼の投稿を目にすると、よせばいいのにタイムラインを見に行って 「ちぇっ、やっぱりな」 と思う側の人間だ。相変わらず万事うまくやってるみたい、きっとこれからもいろんなことを約束された人生なんだろうな - 。

物語は 『冬の雷が破れ、窓に響く』 という不穏な一文から始まる。病の再発におびえる道子が、不安定な心と身体を抱えながら思い出すのは、好きでも何でもなかった戸田君のことだった。就活で知り合った戸田君は、彼女の作文の内容を “いただき“ したり、『みっちゃんさ、あんたの考え方は、ひとと違うんだねえ』 とつっかかってきたり、とにかく感じが悪い。

道子のおとなしさもあって犬猿の仲まではいかないけれど、お互いにそりが合わないのはわかっていて、会うたび桃の産毛を逆撫でられるような摩擦が起こる。なのに社会人になってからもほそぼそとした縁が切れない。そんな相手が、誰しもひとりやふたりいると思う。そして戸田君は、もうこの世にいない。(解説より by 一穂ミチ)

※戸田に似た人物のひとりやふたりは、きっとあなたの周りにもいたはずです。今もいるかもしれません。距離を置いて付き合っているつもりが、何でか時に近づきすぎて、傷付くのは決まってこちらで、相手はこれぽっちも気にしていないような。わかっていて損をする。深く気にしてしまうのはこちらばかり・・・・・・・そんな思いをした経験がある人は、試しに一度読んでみてはどうでしょう。「自分の人生に必要だった」 と、ひょっとしたら思うかもしれません。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆石田 千
1968年福島県生まれ。
國學院大學文学部卒業。

2001年 「大踏切書店のこと」 で古本小説大賞を受賞。’11年発表の 「あめりかむら」 が芥川賞候補、同 「きなりの雲」 が芥川賞候補、野間文芸新人賞候補、’15年発表の 「家へ」 が芥川賞候補、野間文芸新人賞候補となる。著書に 「月と菓子パン」 「箸もてば」 「窓辺のこと」 他多数。

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