『チェレンコフの眠り』(一條次郎)_書評という名の読書感想文

『チェレンコフの眠り』一條 次郎 新潮文庫 2024年11月1日 発行

なんてチャーミングな一冊。- 江國香織

ヒョウアザラシのヒョーは、荒廃した世界を漂流する 愛しいほどの不条理に満ちた旅の物語

猫のまたぐらよりも暑い夏の日、マフィアのボス、チェレンコフは、武装警官隊に襲撃され、殺された。独り残されたペットのヒョウアザラシのヒョーは、空腹に耐えかね、〈アザラシ専用〉 ゴルフカートに乗り、荒廃した外の世界へ飛び出す - 。ヒョーのつぶらな瞳に映る、汚染された土地、プラスチックの雨、そして奇妙な人々・・・・・。唯一無二の読後感、ユーモアと悲哀に満ち溢れた、不条理で美しい、旅の物語。(新潮文庫)

『レプリカたちの夜』 『ざんねんなスパイ』 に続いて、これが三冊目。奇想天外、唯一無二は言わずもがなで、読むと (かなり高い確率で) 癖になります。

三冊目ともなると、さすがに私は慣れました。ヒョウアザラシのヒョーが主人公なぐらいは、もはや何でもありません。ただ、マフィアのボスの名前が 「シベリアーリョ・ヘヘヘノヴィチ・チェレンコフ」 というのは笑いました。どこでどんなふうに育てば、こんな名前を思いつくのでしょう。

物語は - 折々にひらめいたことの連続としか思えないほどあっちこっちへ飛びまくり、ヒョーはどこへ行き、どうなってしまうかは、最後の最後までわかりませんし、予想も立ちません。泣きどころや笑いどころ、急所があるにはありますが、それがどこかは読んだ人次第なのかもしれません。

簡単におさらいすると、ヒョーは、〈サハリン・マフィア〉 のボス、シベリアーリョ・ヘヘヘノヴィチ・チェレンコフのペットとして、豪壮な邸宅 〈生命線プラザ〉 で安楽に暮らしていた。しかし小説の冒頭、ヒョーの誕生パーティーの最中に、武装警官隊が屋敷を急襲。まるでジョン・ウーの映画のように暴力的で美しいこの銃撃戦により、ボスをはじめ組織のメンバーは皆殺しの憂き目に遭い、ヒョーの苦難の日々が始まる。

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題名の “チェレンコフ“ のほうは、おそらく、ヒョーの飼い主だったマフィアのボスを指す。しかし、この名前から真っ先に連想させるのはチェレンコフ光。使用済み核燃料の貯蔵プールとか、プール型原子炉の炉心などから放たれる青い光のことですね。

臨界事故で目撃される青い光はチェレンコフ光とは別物らしいが、それでもこの固有名詞から原発事故を連想する人は多いはず。そういう姓に、ヘヘヘノヴィチという、へのへのもへじみたいな脱力系の父称をくっつけるところが一條次郎らしい。こういう絶妙すぎるネーミングとコントみたいな会話は著者の十八番。コインランドリーに 〈捨てアカウント広場〉 なんて名前をつけられる作家がほかにいるだろうか。

ペーソスと詩情に溢れた寓話的な物語が行き当たりばったり進むうち、終末SFじみた世界の姿が少しずつ見えてくる。といってもべつだんSFになるわけではなく、幽霊が出てきたり、活劇があったり、かと思えば壮大なテーマが語られたりする。(解説より)

※「合わない」 と思う人が相当数いるはずです。無理して読むことはありません。面白いと思うかどうかは人それぞれで、途中で投げ出しても何の支障もありません。東日本大震災に似た光景や、環境破壊の果てに訪れる街のありさまなどの描写がありますが、(著者曰く) それらは意図して書かれたわけではありません。書いているうちに何だかそんなふうになっただけ - だそうです。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆一條 次郎
1974年生まれ。福島県在住。
山形大学人文学部卒業。

作品 「レプリカたちの夜」「動物たちのまーまー」「ざんねんなスパイ」など

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