『だから荒野』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『だから荒野』桐野 夏生 文春文庫 2016年11月10日第一刷


だから荒野 (文春文庫)

46歳の誕生日、夫と2人の息子と暮らす主婦・朋美は、自分を軽んじる、身勝手な家族と決別。夫の愛車で高速道路をひた走る。家出した妻より、車とゴルフバッグが気になる夫をよそに、朋美はかつてない開放感を味わうが・・・・。家族という荒野を生きる孤独と希望を描いて、新聞連載時大反響を呼んだ話題作の文庫化。(文春文庫)

思い付きに朋美が選んだのは、距離にして1,200km、東京からはるか西にある長崎でした。家族に見切りをつけた彼女は、高速道路をひたすら西に向かって走ります。思い付きであるが故に、彼女は着の身着のまま。高速道路を走るのも初めてのことです。

前後の見境もなくと言ってしまえばそれまでですが、朋美には確かに思うところがあり、どうあっても我慢ならなかったのです。彼女には彼女の言い分があり、行動力があったということ。これは家出なんかではない。家にはもう戻らない。彼女はそう考えています。

朋美は、自分の気持ちをメールできっちり伝えたつもりでいます。しかし、夫の浩光や2人の息子はそれでも本気にしません。妻であり母である朋美のことを気にかけるより先に、浩光は仕事と趣味のゴルフにかまけ、2人の息子はどれほどの関心もない様子です。

つまりは - 夫・浩光はあくまで体裁に拘り、その場しのぎで、家庭を顧みない傲慢な男で、外面はいいのですが、朋美には月に20万円の生活費を渡す切りで何があろうとその範囲で賄えと言い、それ以上は決して渡そうとしません。それでいて自分は高価なゴルフクラブを買ったりしています。

大学生の長男・健太はおとなし目で要領はいいのですがその分クールで、親に対して見切ったような口をききます。彼女の家に入り浸りで、朝まで帰って来ない日が度々あります。また別の彼女ができると、着る服のセンスまで変わるという優柔不断なところがあります。

高校一年生の次男・優太は、いわゆる「ネトゲ廃人」。まだしも学校に行くだけましで、家では部屋に籠ってゲームばかりしています。朋美や浩光が何か説教じみたことを言おうものなら、返ってくるのは「るっせー、死ねや」という暴言ばかりの状態です。

浩光は会社に行く際、いつもマンションから駅までを朋美に送らせています。ところが週末になると、今度は浩光自身が車を独占します。趣味のゴルフに行くためで、朋美は単なる「ママタク」、夫の都合に合わせるだけの毎日に、実は辟易してもいたのです。

この小説は、家族にあって、かつては「沃野」であったはずのものが、気付けば荒れ放題の野となり、今更に手を施しても施し切れない、あるいは施す術がわからない、そんな状況になってはじめてわかる何ものかを指し示そうとする物語です。彼らは、本来あるべきはずの、大事な何かを見失っています。

※ 高速道路で長崎へ向かう道中、朋美はSAやPAで思わぬ出来事に遭遇します。これが中々に面白くて、最後まで飽きずに読めます。但し、(元が新聞連載というのもあり)桐野夏生の持ち味である「毒気」や「凄味」を期待し過ぎると期待はずれになります。ご注意ください。

 

この本を読んでみてください係数 80/100


だから荒野 (文春文庫)

 

◆桐野 夏生
1951年石川県金沢市生まれ。
成蹊大学法学部卒業。

作品 「顔に降りかかる雨」「OUT」「グロテスク」「錆びる心」「東京島」「IN」「ナニカアル」「夜また夜の深い夜」「奴隷小説」「バラカ」「猿の見る夢」他多数

関連記事

『砂に埋もれる犬』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『砂に埋もれる犬』桐野 夏生 朝日新聞出版 2021年10月30日第1刷 砂に埋もれる犬

記事を読む

『だれかの木琴』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『だれかの木琴』井上 荒野 幻冬舎文庫 2014年2月10日初版 だれかの木琴 (幻冬舎文庫)

記事を読む

『通天閣』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『通天閣』西 加奈子 ちくま文庫 2009年12月10日第一刷 通天閣 (ちくま文庫)

記事を読む

『父と私の桜尾通り商店街』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『父と私の桜尾通り商店街』今村 夏子 角川書店 2019年2月22日初版 父と私の桜尾通り商

記事を読む

『図書室』(岸政彦)_書評という名の読書感想文

『図書室』岸 政彦 新潮社 2019年6月25日発行 図書室 あの冬の日、大阪・淀川の

記事を読む

『図書準備室』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文

『図書準備室』 田中 慎弥 新潮社 2007年1月30日発行 図書準備室 (新潮文庫)

記事を読む

『宇喜多の捨て嫁』(木下昌輝)_書評という名の読書感想文

『宇喜多の捨て嫁』木下 昌輝 文春文庫 2017年4月10日第一刷 宇喜多の捨て嫁 (文春文庫

記事を読む

『懲役病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『懲役病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2023年6月11日初版第1刷発行 累計23万

記事を読む

『逃亡者』(中村文則)_山峰健次という男。その存在の意味

『逃亡者』中村 文則 幻冬舎 2020年4月15日第1刷 逃亡者 「一週間後、君が生き

記事を読む

『ちょっと今から仕事やめてくる』(北川恵海)_書評という名の読書感想文

『ちょっと今から仕事やめてくる』北川 恵海 メディアワークス文庫 2015年2月25日初版 ちょ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『にぎやかな落日』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『にぎやかな落日』朝倉 かすみ 光文社文庫 2023年11月20日

『掲載禁止 撮影現場』 (長江俊和)_書評という名の読書感想文

『掲載禁止 撮影現場』 長江 俊和 新潮文庫 2023年11月1日

『汚れた手をそこで拭かない』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『汚れた手をそこで拭かない』芦沢 央 文春文庫 2023年11月10

『小島』(小山田浩子)_書評という名の読書感想文

『小島』小山田 浩子 新潮文庫 2023年11月1日発行

『あくてえ』(山下紘加)_書評という名の読書感想文

『あくてえ』山下 紘加 河出書房新社 2022年7月30日 初版発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑