『十一月に死んだ悪魔』(愛川晶)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/12
『十一月に死んだ悪魔』(愛川晶), 作家別(あ行), 愛川晶, 書評(さ行)
『十一月に死んだ悪魔』愛川 晶 文春文庫 2016年11月10日第一刷
売れない小説家「碧井聖」こと柏原育弥は、妻子に見限られて家を追われた上、やっかいな発作に悩まされていた。突然意識が遠のき、視界が闇に沈むと浮かび上がる楕円形の穴。その底には恐ろしい魔物の気配が・・・・。11年前、交通事故による逆行性健忘で事故当日から一週間前までの記憶が失われ、その直後から「穴」の発作が始まったのだ。そんな中、なんとか新作を書き上げようと四苦八苦する育弥は、ひょんなことからクリーニング屋の店員・宮崎舞華と同居することになる。美人の上にセックスにも積極的な舞華だが、どこか様子がおかしい。舞華の正体を探るうちに、育弥自身の失われた記憶が明らかになっていく - 。人の心のダークサイドを抉りだす衝撃作! 究極の恋愛ミステリー! (「BOOK」データベースより)
文庫の帯の裏側には、こんなことが書いてあります。
シリコン製の『ラブドール』(日本でいう『ダッチワイフ』。英語では『セックスドール』、または『ラブドール』といいます)に、吾妻形人形(昔々日本にあった、『ラブドール』と同様の人形)。監禁部屋に潜む女、小泉八雲の怪談・・・・
ラブドール・・・・。大概の男性なら、これだけでちょっと読みたくはなります。その上、自分好みの、見るからに美形の、ほとんど人と見間違うような、精巧な造りの人形だったとしたらどうでしょう?
吾妻形人形も、それはそれは精巧に作られた人形であるらしい。昔々、関西のとある藩の侍が、新妻代わりにと京都の細工人に作らせたもので、侍はそれを大変に気に入り、人形との行為に耽るようになったといいます。
「監禁部屋に潜む女」- 監禁されているのは男性で、右足首に鎖を巻かれ、南京錠で固定されてはいるのですが、実は鎖にはかなりの余裕があります。そしてもう一人、部屋にあるベッドの上には、正体不明の女性が丸まったまま寝ています。
上半身裸の女性といるうち、男性は段々と興奮し、結局我慢できなくなります。置かれた状況をよく考えもせず、何度も交わります。女性は拒みません。最初声も出さないでいるのですが、その内、ベッドに立てかけた手鏡に向かって憑かれたように喋り出します。
もう一つ小泉八雲の怪談がありはしますが、いずれにせよ、それらが何を意図して書かれているのか、どこでどんなふうに繋がっているかが皆目見当が付きません。
この小説は、売れない作家・柏原育弥の日常を描く本編に加え、合間合間に別の二つの話があり、それ以外に、正体不明の人物からのメールや育弥自身の取材ノートのファイルまでもが挟まれています。
それらのすべては伏線で、分量でいえば(特に前半の)かなりの部分が占められています。故に、誰の、何のことを言っているかがまるで分からないまま読み進むことになります。
※ おそらくは、ここをどう読む(読めるか)かが評価の分かれる点だろうと思います。面白いと思う人は面白いし、代わる代わるに違う話を読まされていっこうに集中できないであるとか、ストレスばかりを貯め込んでその内読むのを止めてしまうであるとか・・・・
そこを我慢して、我慢して読んでいると、やがてそれらの事象が一つに絡まり合っているのが分かります。それは実際に起こったことなのか。あるいは、幻覚や幻聴でなるあらざる事なのか。そこを見極めてこそ、はじめて事の真相を知ることになります。
「その子は壊れ物なんだから・・・・」- 人の心の闇とは、こんなにも深いのか - 。
最後に、(これも帯にある)思わせぶりなフレーズを書いておきます。はてさて、「その子」とは一体誰のことなんでしょう。普通に考えれば、主人公の育弥なのでしょう。しかし、これはと思う人物が他に幾人かいて、結構迷ってしまうかも知れません。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆愛川 晶
1957年福島県福島市生まれ。
筑波大学第二学群比較文化学類卒業。
作品 「化身」「六月六日生まれの天使」「夜宴」「巫女の館の密室」「道具屋殺人事件」「ヘルたんヘルパー探偵誕生」など
関連記事
-
-
『ザ・ロイヤルファミリー』(早見和真)_書評という名の読書感想文
『ザ・ロイヤルファミリー』早見 和真 新潮文庫 2022年12月1日発行 読めば読
-
-
『蜃気楼の犬』(呉勝浩)_書評という名の読書感想文
『蜃気楼の犬』呉 勝浩 講談社文庫 2018年5月15日第一刷 県警本部捜査一課の番場は、二回りも
-
-
『EPITAPH東京』(恩田陸)_書評という名の読書感想文
『EPITAPH東京』恩田 陸 朝日文庫 2018年4月30日第一刷 東日本大震災を経て、刻々と変
-
-
『十九歳のジェイコブ』(中上健次)_書評という名の読書感想文
『十九歳のジェイコブ』中上 健次 角川文庫 2006年2月25日改版初版発行 中上健次という作家
-
-
『鼻に挟み撃ち』(いとうせいこう)_書評という名の読書感想文
『鼻に挟み撃ち』いとう せいこう 集英社文庫 2017年11月25日第一刷 御茶ノ水、聖橋のたもと
-
-
『そして、バトンは渡された』(瀬尾まいこ)_書評という名の読書感想文
『そして、バトンは渡された』瀬尾 まいこ 文春文庫 2020年9月10日第1刷 幼
-
-
『レプリカたちの夜』(一條次郎)_書評という名の読書感想文
『レプリカたちの夜』一條 次郎 新潮文庫 2018年10月1日発行 いきなりですが、本文の一部を
-
-
『ことり』(小川洋子)_書評という名の読書感想文
『ことり』小川 洋子 朝日文庫 2016年1月30日第一刷 人間の言葉は話せないけれど、小鳥の
-
-
『続々・ヒーローズ (株)!!! 』(北川恵海)_仕事や人生に悩む若いあなたに
『続々・ヒーローズ (株)!!! 』北川 恵海 メディアワークス文庫 2019年12月25日初版
-
-
『青い壺』(有吉佐和子)_書評という名の読書感想文
『青い壺』有吉 佐和子 文春文庫 2023年10月20日 第19刷 (新装版第1刷 2011年7月