『阿蘭陀西鶴』(朝井まかて)_書評という名の読書感想文

『阿蘭陀西鶴』朝井 まかて 講談社文庫 2016年11月15日第一刷


阿蘭陀西鶴 (講談社文庫)

江戸時代を代表する作家・井原西鶴。彼の娘おあいは、盲目の身ながら、亡き母に代わり料理も裁縫もこなす。一方、西鶴は、手前勝手でええ格好しぃで自慢たれ。はた迷惑な父親と思っていたおあいだったが、「好色一代男」の朗読を聴いて、父への想いが変わり始める。小説を読む歓びに満ちた、織田作之助賞受賞作。(講談社文庫)

ほんま、はた迷惑なお父はんや - 幼い頃のおあいは、父・西鶴に対し常々そんな思いでいます。母が亡くなった時もそうで、西鶴はまるで当てになりません。近所に頼んで坊主を呼びに走ってもらったのも、母の身内に報せたのもおあいなのです。

西鶴の妻・みずゑが亡くなったのは(物語の)五年前、延宝三年(1675年)四月三日のことです。母が息を引き取ったと悟ったおあいはすぐに台所に入って湯を沸かし、いつものように昆布で出汁を取ります。

足つきの俎板は板ノ間の床に置いてあり、その前に座って包丁を握り、包丁の背で里芋の皮をこさいでは水を張った桶に入れます。筍や蒟蒻を煮しめ、蕗は塩ずりしてから茹でてさっと炊き上げます。

「お葱や生姜は使うたらあかんのよ。臭いのきついもんを出したら、お浄めにならしまへん」- 亡くなる前の母はそんなことを繰り返しおあいに教えるようになります。おあいにしてみれば、ですから通夜振舞いの段取りは実はとうにできていたのです。

おあいは母、みずゑから手に取るようにして、幼い頃から台所(だいどこ)を仕込まれていました。初めはまだ物心がつくかつかぬかの年頃で、切傷や火傷を負ったものの、おあいにとってお菜拵えは愉しみな手すさびであったのです。

大根を千六本にしたり、鰯の腹を割いて腸を取り除けるたび、母は「あんじょう、できたなあ」と頭や肩を撫でてくれたのでした。
・・・・・・・・・
小説には、料理を拵えるおあいの描写が幾度となく登場します。味付けは勿論のこと、すぐさま食材を選び出し、手早く捌いては父や客人に振る舞うおあいの様子に、皆が唖然とします。彼女はわずか十四歳の、しかも盲目の少女なのです。

おあいは最初、父・西鶴のことをこれっぽっちも好いてはいません。母が亡くなったあと幼い二人の弟は養子に出され、父はいくつかあった後添えの話をすべからく断ります。父・西鶴は、「娘がおりまっさかいな。生さぬ仲は何かと難しおますやろ」と言いますが、

おあいには父の本音が透けるように分かります。家業にも女房子供にも縛られんと、好きに、思うがままに生きたい。そやから法体になったのに、何で今さら、また女房なんぞ養わんならん。おなごやったら、後腐れのない者が方々におるがな・・・・、などと。

すっぱりとそう口に出せばいっそ清々しいものを、何かにつけて娘を出汁に使う。すると必ず相手は「あんさん、偉いお人やなあ」と感じ入り、父は「いやいや、この娘が不憫なだけだすわ」と調子づく。おあいはそれを耳にするたび、胸が悪くなるのです。

そんな二人の関係が、徐々に変化してゆきます。西鶴が淡路へ旅に出ようとおあいを誘ったときのことです。西鶴は淡路にいて、「好色一代男」なる長大な浮世草子を物にしようとしています。その旅立ちに際して、おあいはまず、

父はおあいが思っていた数倍も、町衆に顔を知られた俳諧師だったことを知ります。淡路の旅籠に投宿してからの父は、ほとんど外出をしません。かれこれ七日は部屋に籠りきりで、文机の前に座り続けています。常の父とは、まるで様子が違うのです。

父は出会う者には必ず自分から話しかけます。神主や百姓や漁師と言葉を交わし、旨い物でも喰うかのように話に興じます。おあいは少し意外な気がします。大坂では知られた俳諧師であることをもっと吹聴するかと思っていたのですが、

俳諧仲間といる時とはまるで異なって、うまい拍子で合いの手を入れて相手に喋らせるのでした。そして父は、おあいと二人きりになると、いろんな物を見つけてはそれをおあいに教えます。父は実にいろんなことを知っていたのです。

おあいは『世間胸算用』が世に出た元禄五年(一六九二)の三月二十四日に、没した。享年二十六。
西鶴はその翌年、元禄六年(一六九三)、八月十日に没。その年の冬、弟子の北条団水は師の遺稿をまとめ、『西鶴置土産』を板行した。

阿蘭陀西鶴の法名は、仙皓西鶴。
盲目の娘、おあいの法名は、光含心照信女である。(「巻の外」より)

 

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阿蘭陀西鶴 (講談社文庫)

 

◆朝井 まかて
1959年大阪府生まれ。
甲南女子大学文学部卒業。

作品 「花競べ」「恋歌」「すかたん」「ちゃんちゃら」「ぬけまいる」他多数

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