『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』(尾形真理子)_書評という名の読書感想文
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『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』(尾形真理子), 作家別(あ行), 尾形真理子, 書評(さ行)
『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』尾形 真理子 幻冬舎文庫 2014年2月10日初版
年下に片思いする文系女子、不倫に悩む美容マニア、元彼の披露宴スピーチを頼まれる化粧品会社勤務のOL・・・・。恋愛下手な彼女達が訪れるのは、路地裏のセレクトショップ。不思議な魅力のオーナーと一緒に自分を変える運命の一着を探すうちに、誰もが強がりや諦めを捨て素直な気持ちと向き合っていく。繊細な大人達の心模様を丁寧に綴った恋物語。(幻冬舎文庫)
「メイちゃんの指って短くて、赤ちゃんたらこ、みたいだね」- 小学校3年生のときにクラスで一番仲良しだった女の子から言われたことを、メイコは今でもはっきり覚えています。
中学1年生。恋人ができると薬指の指輪をもらうと聞いて怖くなります。男の人に指輪のサイズを伝えないといけないくらいなら恋人なんかいらない。一生片思いでもいい - ぷっくりした自分の指を見ながら、土谷メイコはそう思ったのです。
それが - 、それは魔法のような瞬間でした。
良太郎に「かわいい手」と言ってもらえて、メイコは初めて男の人と手をつなぎたいと思うようになります。指を絡めた手のつなぎ方も、自信を持ってできるようになりました。
良太郎が私の手をかわいいと思っている。そう思うと、ますます良太郎が好きになる。一生このまま、良太郎と一緒にいたい。これ以上、もう何も望むことはない! - メイコは、そのとき確かにそう思ったのです。
それからもう10年。高校の同級生だった二人も、今では27歳になっています。近ごろメイコは、良太郎との関係に悩むことがめっきり多くなってきています。
だいたいにおいて、とメイコは思います。良太郎は実家のある蒲田という街から滅多に出ようとはしません。中学高校とサッカー部だった彼は、社会人になってからも、地元のフットサルチームに入っています。
メンバーのほとんどが小学校からの同級生。練習や試合でたまに電車で移動するくらいで、時には都心でデートしたいとメイコが思ったとしても、良太郎は間違いなく億劫がるだろうし、そう考えると、誘ってみることすら面倒くさくなります。
家も、職場も、友だちも、恋人も、全部を地元で済ませて、良太郎は退屈だったり、飽きたりしないのかと、メイコは疑問に思うことがあります。私だったらもっと新しいことをやってみたいと彼女は思い、いつの間にか、そんな良太郎に不満を感じるようになっています。
・・・・・・・・・
フットサルの試合に誘われた休日、メイコは良太郎の誘いを反故にして渋谷へやって来ます。表通りから細い小道を入った奥にある、とあるセレクトショップでの話。
ラックに掛かった洋服を順に見ていくうちに、小花柄のスカートに目が留まります。グレー地に紫とピンクの花柄が愛らしい - 小花柄のスカートは、メイコの定番アイテムです。
試着室は店内の広さのわりに贅沢にスペースがとられており、正面の壁は一面が鏡になっています。その前には、ひとり掛けの黒いソファ。どうぞゆっくり試着してください。まるでそう言われているようなつくりの部屋です。
自分で言うのもなんだが、かなり似合う。着てみるまでもなく、それがわかります。良太郎がいかにも好きそうだ・・・・。そう思って、メイコは少し苦笑したりします。
ところが、(間違いなく似合ってはいるのですが)彼女は何かが気になって仕方ありません。そして、それが何であるかをわからないでいます。
「お似合いになり過ぎることでしょうか? 」- 店員にそう言われて、メイコはハッとします。そうかもしれない。似合うと、似合いすぎるのは、違うのか? そのふたつが別のものだと思うと合点がいきます。
新しい服を着ているのに、なぜか気持ちがリフレッシュしない。お気に入りのスカートなら何枚あってもいい。小花柄ならいくつ持っていてもいい。だが、それでは何も変わらない。その時、初めてメイコは気付きます。(第一話「あなたといたい、とひとりで平気、をいったりきたり。」より)
何となくその後のメイコと良太郎の関係が分かるようなところまで書いてしまいました。こんな話が、あと四話あります。しかし、(実際売れたのですが)ウケるわ、これ。世の独身女性にはもってこいの本です。但し、中年のオジさんが読んでどうかは別ですが。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆尾形 真理子
1978年東京都生まれ。
日本大学法学部新聞学科卒業。
2001年、博報堂に入社し、コピーライター、制作ディレクターとして活躍。朝日広告グランプリ他受賞多数。10年に本作で小説家デビュー。
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