『イヤミス短篇集』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『イヤミス短篇集』真梨 幸子 講談社文庫 2016年11月15日第一刷


イヤミス短篇集 (講談社文庫)

小学生の頃のクラスメイトからかかってきた一本の電話。「覚えている? 会おうって約束したこと」。その声から蘇る、憧れだった美少女の顔。それはノストラダムスが人類滅亡を予言した一九九九年七月の出来事だった(「一九九九年の同窓会」より)。他人の不幸は蜜の味。甘い六篇が詰まった著者初の短篇集。(講談社文庫)

「一九九九年の同窓会」「いつまでも、仲良く」「シークレットロマンス」「初恋」「小田原市ランタン町の惨劇」「ネイルアート」- 収録作品は以上6篇。ドロドロかと思いきや、意外とさっくり読めます。中で印象に残った「ネイルアート」を紹介したいと思います。

ふとしたきっかけで、私は「MaMaガーデン」という育児に関するWebサイトの管理人をすることになります。サイトの惨状を知っていた私は最初丁寧に断ったのですが、提示されたギャランティが破格な上に他の条件も良く、結局引き受けることになります。

空いた時間に掲示板をのぞき、不適切な書き込みがあれば対処し、週に一回、勤務状況や掲示板の動きをまとめて週報を提出する - それが私の仕事で、アパートに戻ると、早速、メールに管理人用のIDとパスワードが届いています。

これがあれば記事の編集や削除はもちろんのこと、アクセス解析も閲覧することができます。掲示板に参加できるユーザーには、IDとパスワードを提供する代わりにあらかじめ本名と住所と電話番号などの個人情報を提出してもらっているので、

どこのどいつがどんな記事を投稿していて、どこのどいつが何時何分に閲覧しているのかは一目瞭然で、他にもどんなページを閲覧していたのかリンクを辿ることもできます。個人情報に関して今ほど神経質ではなかった当時、ユーザーも気軽に自分の情報を提供しているケースがほとんどで、つまりは、ユーザーは丸裸だったわけです。

にもかかわらず、ユーザーは普段使用している”ハンドルネーム”で油断しているせいか、実世界(オフ)では絶対言わないような本音を平気で吐き出したりします。いつもは穏やかな人が車のハンドルを握ると性格が変わる、まさにそんな感じなのです。

管理人用のIDとパスワードを手に入れた私は、どれどれと掲示板をのぞいてみます。するとそこには一見穏やかそうな記事が並んでいますが、よくよく読むと、背筋が寒くなるような静かなバトルが繰り広げられています。

「MaMaガーデン」は名前の如く子供を持つ母親が参加しているサイトで、そこでは今、”ユカリンママ”というユーザーの書き込みに、”エリザ”というユーザーが、ねちっこく絡んでいるのが読み取れます。

エリザさんは新参者のユカリンママさんが「はじめまして」と挨拶しなかったことが気に入らなかったらしく、ネチケットだとか何とかうるさく言い立てています。文面は「いかがでしょうか? 」などと丁寧なのですが、それがかえってとげとげしく感じられます。

そこへエリザさんの賛同者の”うさぴょん”さんが加わり、ユカリンママというハンドルネームに対して批判めいた記事を載せます。すると、ユカリンママさんは「なぜユカリンママなのか」をとくとくと説明し、それに対し、またうさぴょんさんが反論の記事を載せます。

次に、うさぴょんさんの意見に別の二人が賛同します。対して、ユカリンママさんにも”まーくんママ”さんという援軍が現れて素晴らしい意見が述べられるのですが、「誇り」と打つべきところを「埃」と変換ミスをしたことで、今度はその揚げ足取りが始まります。

エリザ軍とユカリンママ軍の静かなるバトルは朝の十時に始まり、今は午後の四時。六時間もの間、泥を投げ合っていることになります。(肝心の育児はどうなのよ!? )

私は、IDとパスワードを入力して管理人画面に飛びます。どこのどいつが、こんな馬鹿らしいバトルに参加しているのか、私は(プチ独裁者にでもなった気分で)アクセス解析のページを開いてみます。・・・・そして、ぶっとんだ、のでした。

バトルに参加しているユーザーのIPアドレスは、たったふたつ。エリザさんとユカリンママさんのものだけで、つまりは、二人はそれぞれ一人何役も演じて、自分を援護する記事を(他人になりすまし)投稿していたことになります。

・・・・と、ここまでがいわば伏線にあたる部分で、この後、”シイラ”というハンドルネームのユーザーが、「告白します」というサブジェクトで、「私は虐待しているのでしょうか? 」という文章を投稿するに及んで、掲示板の雰囲気が一気に変わります。

そしてそのことは、管理人の私に更なる混乱をもたらし、ひいては(私の身の上に)取り返しのつかない悲劇を生む端緒となります。名無しの女はだいたい怖い。というお話。

 

この本を読んでみてください係数 80/100


イヤミス短篇集 (講談社文庫)

 

◆真梨 幸子
1964年宮崎県生まれ。
多摩芸術学園映画科(現、多摩芸術大学映像演劇学科)卒業。

作品 「孤虫症」「えんじ色心中」「殺人鬼フジコの衝動」「深く深く、砂に埋めて」「女ともだち」「あの女」「みんな邪魔」「お引っ越し」他多数

関連記事

『1973年のピンボール』(村上春樹)_書評という名の読書感想文

『1973年のピンボール』村上 春樹 講談社 1980年6月20日初版   1

記事を読む

『朝が来るまでそばにいる』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『朝が来るまでそばにいる』彩瀬 まる 新潮文庫 2019年9月1日発行 朝が来るまでそばにい

記事を読む

『乙女の家』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『乙女の家』朝倉 かすみ 新潮文庫 2017年9月1日発行 乙女の家 (新潮文庫) 内縁関係

記事を読む

『くっすん大黒』(町田康)_書評という名の読書感想文

『くっすん大黒』町田 康 文春文庫 2002年5月10日第一刷 くっすん大黒 (文春文庫)

記事を読む

『あなたが消えた夜に』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『あなたが消えた夜に』中村 文則 朝日文庫 2018年11月15日発行 あなたが消えた夜に (

記事を読む

『I’m sorry,mama.』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『I'm sorry,mama.』桐野 夏生 集英社 2004年11月30日第一刷 I’m s

記事を読む

『雨の夜、夜行列車に』(赤川次郎)_書評という名の読書感想文

『雨の夜、夜行列車に』赤川 次郎 角川文庫 2017年1月25日初版 雨の夜、夜行列車に (角

記事を読む

『あの女』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『あの女』真梨 幸子 幻冬舎文庫 2015年4月25日初版 あの女 (幻冬舎文庫) &n

記事を読む

『猫を棄てる』(村上春樹)_父親について語るとき

『猫を棄てる 父親について語るとき』村上 春樹 文藝春秋 2020年4月25日第1刷 猫を棄

記事を読む

『絶唱』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『絶唱』湊 かなえ 新潮文庫 2019年7月1日発行 絶唱 (新潮文庫) 悲しみしかな

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『魯肉飯のさえずり』(温又柔)_書評という名の読書感想文

『魯肉飯のさえずり』温 又柔 中央公論新社 2020年8月25日初版

『理系。』(川村元気)_書評という名の読書感想文

『理系。』川村 元気 文春文庫 2020年9月10日第1刷 理

『樽とタタン』(中島京子)_書評という名の読書感想文

『樽とタタン』中島 京子 新潮文庫 2020年9月1日発行 樽

『ミーナの行進』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『ミーナの行進』小川 洋子 中公文庫 2018年11月30日6刷発行

『破局』(遠野遙)_書評という名の読書感想文

『破局』遠野 遙 河出書房新社 2020年7月30日初版 破局

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑