『イヤミス短篇集』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『イヤミス短篇集』(真梨幸子), 作家別(ま行), 書評(あ行), 真梨幸子

『イヤミス短篇集』真梨 幸子 講談社文庫 2016年11月15日第一刷

小学生の頃のクラスメイトからかかってきた一本の電話。「覚えている? 会おうって約束したこと」。その声から蘇る、憧れだった美少女の顔。それはノストラダムスが人類滅亡を予言した一九九九年七月の出来事だった(「一九九九年の同窓会」より)。他人の不幸は蜜の味。甘い六篇が詰まった著者初の短篇集。(講談社文庫)

「一九九九年の同窓会」「いつまでも、仲良く」「シークレットロマンス」「初恋」「小田原市ランタン町の惨劇」「ネイルアート」- 収録作品は以上6篇。ドロドロかと思いきや、意外とさっくり読めます。中で印象に残った「ネイルアート」を紹介したいと思います。

ふとしたきっかけで、私は「MaMaガーデン」という育児に関するWebサイトの管理人をすることになります。サイトの惨状を知っていた私は最初丁寧に断ったのですが、提示されたギャランティが破格な上に他の条件も良く、結局引き受けることになります。

空いた時間に掲示板をのぞき、不適切な書き込みがあれば対処し、週に一回、勤務状況や掲示板の動きをまとめて週報を提出する - それが私の仕事で、アパートに戻ると、早速、メールに管理人用のIDとパスワードが届いています。

これがあれば記事の編集や削除はもちろんのこと、アクセス解析も閲覧することができます。掲示板に参加できるユーザーには、IDとパスワードを提供する代わりにあらかじめ本名と住所と電話番号などの個人情報を提出してもらっているので、

どこのどいつがどんな記事を投稿していて、どこのどいつが何時何分に閲覧しているのかは一目瞭然で、他にもどんなページを閲覧していたのかリンクを辿ることもできます。個人情報に関して今ほど神経質ではなかった当時、ユーザーも気軽に自分の情報を提供しているケースがほとんどで、つまりは、ユーザーは丸裸だったわけです。

にもかかわらず、ユーザーは普段使用している”ハンドルネーム”で油断しているせいか、実世界(オフ)では絶対言わないような本音を平気で吐き出したりします。いつもは穏やかな人が車のハンドルを握ると性格が変わる、まさにそんな感じなのです。

管理人用のIDとパスワードを手に入れた私は、どれどれと掲示板をのぞいてみます。するとそこには一見穏やかそうな記事が並んでいますが、よくよく読むと、背筋が寒くなるような静かなバトルが繰り広げられています。

「MaMaガーデン」は名前の如く子供を持つ母親が参加しているサイトで、そこでは今、”ユカリンママ”というユーザーの書き込みに、”エリザ”というユーザーが、ねちっこく絡んでいるのが読み取れます。

エリザさんは新参者のユカリンママさんが「はじめまして」と挨拶しなかったことが気に入らなかったらしく、ネチケットだとか何とかうるさく言い立てています。文面は「いかがでしょうか? 」などと丁寧なのですが、それがかえってとげとげしく感じられます。

そこへエリザさんの賛同者の”うさぴょん”さんが加わり、ユカリンママというハンドルネームに対して批判めいた記事を載せます。すると、ユカリンママさんは「なぜユカリンママなのか」をとくとくと説明し、それに対し、またうさぴょんさんが反論の記事を載せます。

次に、うさぴょんさんの意見に別の二人が賛同します。対して、ユカリンママさんにも”まーくんママ”さんという援軍が現れて素晴らしい意見が述べられるのですが、「誇り」と打つべきところを「埃」と変換ミスをしたことで、今度はその揚げ足取りが始まります。

エリザ軍とユカリンママ軍の静かなるバトルは朝の十時に始まり、今は午後の四時。六時間もの間、泥を投げ合っていることになります。(肝心の育児はどうなのよ!? )

私は、IDとパスワードを入力して管理人画面に飛びます。どこのどいつが、こんな馬鹿らしいバトルに参加しているのか、私は(プチ独裁者にでもなった気分で)アクセス解析のページを開いてみます。・・・・そして、ぶっとんだ、のでした。

バトルに参加しているユーザーのIPアドレスは、たったふたつ。エリザさんとユカリンママさんのものだけで、つまりは、二人はそれぞれ一人何役も演じて、自分を援護する記事を(他人になりすまし)投稿していたことになります。

・・・・と、ここまでがいわば伏線にあたる部分で、この後、”シイラ”というハンドルネームのユーザーが、「告白します」というサブジェクトで、「私は虐待しているのでしょうか? 」という文章を投稿するに及んで、掲示板の雰囲気が一気に変わります。

そしてそのことは、管理人の私に更なる混乱をもたらし、ひいては(私の身の上に)取り返しのつかない悲劇を生む端緒となります。名無しの女はだいたい怖い。というお話。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆真梨 幸子
1964年宮崎県生まれ。
多摩芸術学園映画科(現、多摩芸術大学映像演劇学科)卒業。

作品 「孤虫症」「えんじ色心中」「殺人鬼フジコの衝動」「深く深く、砂に埋めて」「女ともだち」「あの女」「みんな邪魔」「お引っ越し」他多数

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