『喧嘩(すてごろ)』(黒川博行)_書評という名の読書感想文
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『喧嘩(すてごろ)』(黒川博行), 作家別(か行), 書評(さ行), 黒川博行
『喧嘩(すてごろ)』黒川 博行 角川書店 2016年12月9日初版
「売られた喧嘩は買う。わしの流儀や」
建設コンサルタントの二宮は、議員秘書からヤクザ絡みの依頼を請け負った。大阪府議会議員補欠選挙での票集めをめぐって麒林会と揉め、事務所に火炎瓶が投げ込まれたという。麒林会の背後に百人あまりの構成員を抱える組の存在が発覚し、仕事を持ち込む相手を見つけられない二宮はやむを得ず、“組を破門されている”桑原に協力を頼むことに。選挙戦の暗部に金の匂いを嗅ぎつけた桑原は大立ち回りを演じるが、組の後ろ盾を失った代償は大きく - 。
腐りきった議員秘書と極道が貪り食う巨大利権を狙い、代紋のない“丸腰”の桑原と二宮の「疫病神」コンビ再び。(単行本帯より)
喧嘩に武器は一切持たない - そんな流儀を「素手喧嘩」(=ステゴロ)というらしい。『喧嘩』と書いて「すてごろ」。如何にもこの人らしい凝ったネーミングだと思いきや、読んでみると、それはもう(そうとしか名付けられない)喧嘩ばかりの話なわけです。
毎度おなじみ、ヘタレの建設コンサルタント・二宮とイケイケの“元”ヤクザ・桑原との「疫病神コンビ」が巻き起こす騒動を描いて人気の、シリーズ最新作。
今回、これまで以上に無茶をするのは桑原で、しかし、桑原はもはや“元ヤクザ”でしかありません。“神戸川坂会系二蝶会 若頭補佐”として肩で風切って歩いていたのは去年の九月までの話。本家筋との不義理が重なって破門処分となり、今は堅気になっています。
正月の五日。二宮が事務所へ行くと、仕事関係や知り合いに混じって『キャンディーズ』という店からの年賀状があります。これはひょっとして、と裏を見ると、そこには「多田真由美拝」とあります。真由美は桑原の内妻で、カラオケボックスを経営しています。
健気やな - 。あの疫病神とは似ても似つかぬよくできた女で、なぜあんな腐れと暮らしているのか。ある種の洗脳だろうか。なら誰かが解いてやらないと、真由美は一生涯を囚われの身で終えてしまう。そこまで考えて、思わず笑ってしまう二宮 -
あほか、おまえは。余計なお世話やろ。自分の頭の蠅も追えんやつが他人のことをどうこういえるんかい。おまえは内妻どころか、つきおうてくれる女もおらんのやぞ - 。ひとりでつっこみ、ひとりでぼける。ばかばかしい・・・・
このとき二宮は、(おそらく)随分と久しぶりに桑原を思い出しています。これがそもそもの始まりで、真由美からの年賀状を眼にした二宮は、背に腹は代えられないと、(決して本意ではないふうをして)桑原に探りを入れてみようと思い立ちます。
二人はいうほどに嫌いではなく、互いが思うほどには違わないのです。桑原を「腐れ」というのなら二宮もまたそうで、実のところ二人は同じ穴の狢。そんな己を桑原はよく承知しており、二宮にはまるでその自覚がありません。
高校時代のクラスメイトで、今は議員秘書をしている長原から受けた依頼を振る先が見つけられずに、(よせばいいのに)二宮は、あれほど嫌っていた桑原(二宮は内心、桑原のことを「尻尾の先が三角になった悪魔」だと思っています)に対し、桑原さんでないとできんサバキやないかと、仕事の相談を持ちかけます。
二宮が請け負ったのは議員事務所と組筋のトラブル - 候補者への票集めを裏で組組織へ依頼した筆頭秘書が、組が要求した報酬を法外として蹴ったことに端を発するもの - で、
本来二宮の専門である建設関係とはおそよ畑違いの捌きであるわけですが、それとは別に、他にある金の匂いを嗅ぎつけてかどうか、桑原が「そのサバキ、請けてもええ」というところから、この騒動は始まっていきます。
それが何より面白く、そして笑ってしまうのです。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆黒川 博行
1949年愛媛県今治市生まれ。京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。妻は日本画家の黒川雅子。
作品 「二度のお別れ」「左手首」「雨に殺せば」「八号古墳に消えて」「ドアの向こうに」「絵が殺した」「離れ折紙」「悪果」「疫病神」「国境」「破門」「後妻業」「勁草」他多数
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