『孤独の歌声』(天童荒太)_書評という名の読書感想文

『孤独の歌声』天童 荒太 新潮文庫 1997年3月1日発行


孤独の歌声 (新潮文庫)

 

天童荒太が気になります。

 

つい先日までテレビ放映されていた「家族狩り」の原作者ですと紹介するのが、一番通りがよいかも知れません。

天童荒太が「才気あふれる新星」と評された初期の小説です。

 

小説は凄惨で猟奇的な場面が多く描かれたサイコサスペンス風の仕上がりですが、テーマは人が抱える「孤独」です。

動機に対する説得力の弱さ、やや緩い人物造形などには多少の不満があるのですが、心理描写が非常に丁寧かつ詳細で不足分を帳消しにしています。

何より、それぞれの「孤独」を鮮明に浮かび上がらせる為の方便と思えば気にしなくて済みます。

主要な登場人物は3名です。

芳川潤平・・コンビニでアルバイトをしながら曲を作り、マイナーながらライブ活動も続け、将来は歌手になることを夢みています。

朝山風希・・婦警の朝山はコンビニ連続強盗事件の捜査担当でしたが、個人的には同時に発生している連続婦女誘拐殺人事件に強い関心を持っています。

松田隆司・・風希と芳川が追うことになる連続婦女誘拐殺人事件の犯人。松田の昼の顔はコンピュータシステム会社の社員で、今は出向してパソコンソフトの開発をしています。

3名の過去にはそれぞれに、心の傷として消えないトラウマがありました。

陸上部のリレーメンバーだった親友が事故で亡くなり、芳川は失意のうちに高校を中退して親元を離れます。
他人からバトンを上手く受け取れない芳川はいつも第一走者で、バトンを渡す相手はいつも第二走者の親友でした。

風希は13歳の頃、夜中に親友と二人で行ったコンビニの帰りに補導員を装った男に声をかけられます。男は身柄引取りのために保護者を連れて来いと言いますが、帰りたい一心で、
その言葉にすぐ反応したのは風希の方でした。結果として一人誘拐犯の傍に残された親友は行方不明となり、風希が高校に入った年に遺体となって発見されるのでした。

連続殺人犯の松田は、著しく精神を病んだ狂気の男です。
両親とは離別、自分の嗜好を笑う妻とも離婚しています。松田は家族というものに非常に高い理想を持ち、その理想を理解し共有してくれる女性を探しているのでした。
しかし、その探し方が常軌を逸するものでした。気味が悪いのは、毎日のように4人分の弁当と犬の餌を買い、ビニールシートが敷かれ窓が閉ざされた部屋で行われる食事の場面です。
そこにはマネキン人形の両親と置物の犬、中央には誘拐して全裸で縛った女性がいるのでした。松田は嬉々として「家族」に話しかけ、食べ物を与えます。

風希は捜査で潤平の勤めるコンビニへ出向き、彼と接するうちに潤平に自分と同じ臭いを嗅ぎ取り心が傾いて行きます。

ラストでは風希の隣に住む木崎京子が誘拐されます。おとり捜査を始めた風希の前についに現れた松田を、潤平と共に追い詰めるのでした。

 

「ひとりだけれど、きっとひとりでないと信じられる歌声」を我々に聞かせたい一心で、天童荒太はこの小説を書いたと語っています。

ストーリーもさることながら、合間で語られる3人の心の揺れにこそ耳を傾けるべきなのでしょう。

彼は、この小説で「孤独」の原形を我々に示してくれているのだと思います。

 

この本を読んでみてください係数 80/100


孤独の歌声 (新潮文庫)

◆天童 荒太

1960年愛媛県生まれ。

明治大学文学部演劇学科卒業。

初期は本名の栗田教行で活動、その後ペンネームを天童荒太とする。

作品 「白の家族」「家族狩り」「永遠の仔」「あふれた愛」「悼む人」「歓喜の仔」など

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