『整形美女』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文
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『整形美女』(姫野カオルコ), 作家別(は行), 姫野カオルコ, 書評(さ行)
『整形美女』姫野 カオルコ 光文社文庫 2015年5月20日初版
二十歳の繭村甲斐子は、大きな瞳と高い鼻、豊かな乳房とくびれたウエストを持つ女性だった。だが、彼女は名医・大曾根に懇願し、全身整形をする。一方、同郷の望月阿倍子も、社会人となった新生活を機に整形。その姿は甲斐子そっくりになった。正反対の考えのもと、整形をした二人の、整形後の運命はいかに - 。美しさとは? 幸福とは? 根源を問う衝撃作。(光文社文庫)
姫野カオルコの書く小説は、油断して読むと痛い目に遭います。うまく言えないのですが、彼女の頭の中にはちょっと違う回路があるのではないかと。(名前からしてそうですが)多くいる女性作家の中で、他に似た人を知りません。
この小説には、ちょっと変わった「あとがき」があります。題して「甲斐子と阿倍子という名前がカインとアベルから来ていることに まったく気づかない人もいることが、本が出てから初めてわかった著者の、リニュアル版あとがき」という代物です。
というと、この小説は「聖書」に絡めた、何やら「小難しい」話なのではないか? と思われるかもしれません。そう思われて当然なのですが(それらしき文章があるにはありますが)、本編は、それとはまるで違う、また別の話だと思ってください。
「聖書に全くなじみのない読者には、とっつきにくいかもしれませんが、そういう箇所に当っても、あまり気になさらず、読み進めていって下さい。小説を読むのはテストではありませんから」- 著者がそう言うのですから、そう思って読めばいいのでしょう。
どうしても心配なら、(この本に限っては)「あとがき」を先に読めばいいと思います。モヤモヤしたまま読むのは気持ち的によくありません。読むなら、話のベースをしっかり押さえた上で読みたい。そんな人は、まず「あとがき」を読んでみてください。
但し、この小説は「100点満点で、よかった! よかった! 」というような終わり方はしません。登場する人物らはおもてうら全部が晒されて、誰が良くて誰が良くない人であるのか、最後までわからないようになっています。そこを「狙って」こその話であるわけです。
・・・・・・・・・
人は見た目 -(数多の批判を承知で言うなら)人は何より、見た目で人を区別しているのではないかと。
眼、胸、脚。大概の男性の場合、初めて会う女性との場合、(それはもうどうしようもなく動物的本能で)気付くとそんな順番で相手を品定めしているのではないかと。そして、なら女性はといえば、(良くも悪くも)それをもう十分に、痛いほど承知しているはずではないかと思うのです。
男性ほどには開けっ広げでないにせよ、常々に「選ばれたい」と願う女性にとっては、大方の場合、己の容姿が世の男性の願望に添うべきものであるかどうかという問題は、この上ない関心事であるに違いありません。
おおよそそんなふうに生きているのが人とするなら - 二十歳になった繭村甲斐子もまた、男性からの扱いや視線を気に病むばかりに、全身に整形を施し、「美女」に生まれ変わろうとする決意の女性(ひと)であったわけです。
と、ここまでは普通といえば普通にある話。土台この小説が違うのは、美しくなるために整形したいと懇願する甲斐子が、実はおそろしく「美女」であるところです。医院を訪れ、迷わず全裸になって整形手術を懇願する甲斐子を前に、医者の大曾根は大いに慌てます。
何か大きな勘違いがあるのではないか。あるいは、自分が耄碌し目がおかしくなったのではないかと大曾根は思うのですが、誰より美顔で艶めかしい姿態の甲斐子は目の前に厳然と存在し、何としても整形してほしいと老医に迫ります。
甲斐子にはどんな理由があり、どれほどの切実さをもって整形しようと思うに至ったのか。
彼女が望んでいるのは、顔の整形だけではありません。甲斐子は、豊か過ぎるくらいの乳房を小さくし、折れそうに細くくびれた腰をずん胴にしてくれとまで言い募ります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆姫野 カオルコ
1958年滋賀県甲賀市生まれ。
青山学院大学文学部日本文学科卒業。
作品 「ひと呼んでミツコ」「受難」「ツ、イ、ラ、ク」「ハルカ・エイティ」「リアル・シンデレラ」「昭和の犬」「純喫茶」「部長と池袋」他多数
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