『羆嵐』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『羆嵐』吉村 昭 新潮文庫 2026年12月20日 62刷発行

6人殺害 三毛別ヒグマ事件 史上最悪の熊害事件を完全小説化

荒狂う羆と老猟師の対決

北海道天塩山麓の開拓村を突然恐怖の渦に巻込んだ、一頭の羆! 日本獣害史上最大の惨事は大正4年12月に起った。体長2・7メートル、体重383キロの巨大な羆が、わずか2日間に6人の男女を殺害したのだ。鮮血に染まる雪、羆を潜める闇、人骨を齧る不気味な音。自然の猛威の前で、なす術のない人間たちと、ただ一人沈着に羆と対決する老練な猟師を浮彫りにする、ドキュメンタリー長編。(新潮文庫)

買ってはみたものの、長らく放置していた吉村昭著 『羆嵐』 を読みました。「羆」 は 「ひぐま」。「羆嵐」 と書いて 「くまあらし」 と読みます。

内地の熊が最大のものでも三十貫 (110キロ余) 程度であるのに、羆 (ひぐま) は百貫を越えるものすらある。また内地の熊が木の実などの植物を常食としているのとは異なって、羆は肉食獣でもある。その力はきわめて強大で、牛馬の頸骨を一撃でたたき折り内臓、骨まで食べつくす。むろん人間も、羆にとっては恰好の餌にすぎないという。(本文より)

もしも。もしも羆が人を襲い、たまたまそれが女性だったとしたら、以後、羆が食べるのは女性の肉だけで、男性は襲われても食べられはしません。羆は 「食べなれた味」 を覚えおり、それを食べるということ。(想像するのも悍ましいことですが、もしも女性が妊娠中だったとしたら、羆はお腹の子どもごと食べてしまいます)

北海道天塩国苫前郡苫前村三毛別。と原作にはある。
その三毛別は、現在三渓と名が変わっている。六線沢はその奥にある。

大正四年十二月九日。日本獣害史上最大の惨事といわれるこの羆事件は、まさにこの苫前三毛別、六線沢の谷ふところに点々と散在した集落で発生した。

当時七歳でこの事件に遭遇し、それを契機に羆撃ちになった三毛別大川春義翁は、当時氷橋のあった現 〈撃ち止め橋〉 のたもとに住んでおられたという。翁はその後百二頭の羆をこの六線沢で撃ち、現在は銃を捨て三渓におられる。

翁の話は訥々とし、しかしその分迫力があった。
翁はあの事件の犠牲者一人につき、十頭の羆に復讐すると誓いをたて、そうして羆撃ちになられたのだという。翁は殆ど一人で山へ入った。早朝家を発ち、必ずその日のうちに帰った。山へ泊ればもっと獲れるが、家族の気持ちを考えればその日のうちに帰らねばとされた。

「おじいちゃんが一人で山へ入るでしょう。夕方まで全然連絡なしよ。だけど昼頃ちゃんと判るんだ。おじいちゃんが羆を仕止めたかどうかね。何故っておじいちゃんが羆仕止めた時はうちの庭に烏がいっぱい集まってくるの。おじいちゃんまだ山の奥でもね。烏が先に来て待ってるんですから。仕止めた羆が山下りてくるのを。それと - 」

翁の家族が僕に語った。
「風が吹くんですよね、いわゆる羆嵐が。羆嵐って本当にあるンですからア 」 (解説より/倉本聰)

※倉本聰氏による解説がまたひとつの短い小説のように感じられ、そのほんの一部を紹介しました。ただ、本編は (当たり前ですが) そんな穏やかものではありません。真反対に、一から十まで過酷以外の何物でもありません。

読んだわれわれは、当時の北海道の開拓民が生きた現実を否が応でも体感することになります。電気も水道もない極寒の地で、草で編んだ蓆の家で、いつ現れるかわからない羆に脅えながら、果たしてあなたは暮らせるでしょうか。そうまでして、そこに留まる意味は何なのか。そんなことを考えました。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆吉村 昭 1927年東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。2006年没。

作品 1966年 『星への旅』 で太宰治賞を受賞。同年発表の 『戦艦武蔵』 で記録文学に新境地を拓き、同作品や 『関東大震災』などにより、’73年菊池寛賞を受賞。主な作品に 『ふぉん・しいほるとの娘』 (吉川英治文学賞)、『冷い夏、熱い夏』 (毎日芸術賞)、『破獄』 (読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞)、『天狗争乱』 (大佛次郎賞) 等がある。

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