『ブラック・ティー』(山本文緒)_書評という名の読書感想文
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『ブラック・ティー』(山本文緒), 作家別(や行), 山本文緒, 書評(は行)
『ブラック・ティー』山本 文緒 角川文庫 2025年12月25日 改版初版発行
主人公たちを甘やかさない。それが著者の優しさだと気づかせる作品集です。- 瀧井朝世 (ライター)

他人の “忘れ物“ で生計を立てるもとOL (「ブラック・ティー」)、19歳から付き合っていた恋人を捨てたはずが、東大卒のエリートとの結婚披露宴会場でその元彼と再会してしまった花嫁 (「寿」)、推し活のために娘の貯金に手を付けた母親を追って上京した女子高生 (「ママ・ドント・クライ」)、同期との7年越しの不倫に終止符を打った証券会社社員 (「夏風邪」)- 描かれているのは明日の私かもしれない。〈女の罪〉 を描いた10編。(角川文庫)
以前投稿した 『絶対泣かない』 のときと同様に 「あとがき」 を全文、紹介しようと思います。この本には何が書いてあるのか、それがとてもよくわかります。そしてもしかすると、いつかどこかで、あなたも “した覚え“ があるのではないかと。善い事ではありません。かなり 「疚しい」 ことが書いてあります。
あとがき (全文)
作家になりたい、と初めて思ったのは二十四歳の冬だった。
そして私が最初にしたことは、原稿用紙を買うことでも作品のアイディアを練ることでもなかった。まず私はペンネームを考えたのだ。
まだ一行も書いてはいなかったので、自分の実力というものが分かっていなかった。だから夢だけは馬鹿みたいに広がった。作家になるということは、名前がマスコミに出るということだ。ということは・・・・・・。悪いことができなくなる。本名はまずい。
咄嗟に思ったことは、そんなことだった。
当時私は単なる会社員で、地味に淡々と日々を暮らしていたように思う。二十四歳OL、普通自動車免許取得、賞罰なし、趣味は読書と買い物というところだ。特筆すべき悪事は働いていないし、これからも働く予定はなかった。けれど、私は自分に自信がなかった。
私のような人間が偉そうにものを書いていいのだろうかと、ふと不安になった。
私は子供の頃、万引きをしたことがある。フルーツの匂いが付いた消しゴムを文房具屋から黙って持って来たのだ。それは店の人にも親にも見つからなかった。だから私は大した罪の意識もなく、長い間そのことを忘れていた。そして私はキセルをしたことがある。人に物を借りてそのまま返さなかったこともある。人の気持ちを踏みにじったこともある。母親の財布から千円札を失敬したこともあるし、猫は殺さないけれどゴキブリならひと夏に三匹は殺している。
いつかもっと重大な犯罪を犯すかもしれない。笑い事ではない。精神状態が悪く、きっかけさえあれば、いともあっさり法に触れることをしでかすかもしれないのだ。それが 「軽犯罪」 という枠に収まりきれるかどうかさえあやしい。
罪という名の地雷は、いたる所に埋まっている。今まで踏みつけなかったのは、ただ運が良かっただけだ。幸運がいつまで続くかは誰にも分からない。あるいはわざと地雷を掘り出し、踏みつけることもあるかもしれない。
だいたい法律があるということは、踏んでしまう人が沢山いるからなのだろう。
しかし、自分がやったことは必ず自分に返ってくる。
だから私は、幸運にも物書きになることができたが、あいかわらず地味に淡々と日々を送っている。三歩先に埋まっているかもしれない、大きな地雷に怯えながら。山 本 文 緒
※女性ならではのことはわかりませんが、「あとがき」 にある、著者がしたという “ワルさ“ の大方は私もした覚えがあります。人の気持ちを踏みにじったことも、平気で嘘をついたことも、犯罪スレスレだったことも。その大半は、たいしたことではないと軽い気持ちでしたことでした。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆山本 文緒
1962年神奈川県生まれ。2021年10月13日(58歳)没。
神奈川大学経済学部卒業。
作品 「恋愛中毒」「プラナリア」「アカペラ」「ブルーもしくはブルー」「パイナップルの彼方」「自転しながら公転する」「無人島のふたり」「ばにらさま」「みんないってしまう」他多数
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