『徘徊タクシー』(坂口恭平)_書評という名の読書感想文
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『徘徊タクシー』(坂口恭平), 作家別(さ行), 坂口恭平, 書評(は行)
『徘徊タクシー』坂口 恭平 新潮文庫 2017年3月1日発行
徘徊癖をもつ90歳の曾祖母が、故郷熊本で足下を指しヤマグチとつぶやく。ボケてるんだろうか。いや、彼女は目指す場所を知っているはずだ! 認知症老人の徘徊をエスコートする奇妙なタクシー会社を立ち上げた恭平と老人たちの、時空を超えたドライブを描く痛快表題作と、熊本震災に翻弄された家族の再生を探る「避難所」など、三編を収める新編集小説集。巻末に養老孟司との特別対談を収録。(新潮文庫)
「徘徊タクシー」
最初祖父のケンシの話かと思いきや、そうではなくて、ケンシの母親、恭平からすると曾祖母にあたるトキヲを見たのが発端で、ボケたトキヲを、恭平が「そうではない」と思うところから話は始まってゆきます。
25歳の恭平は、ある高名な建築家の設計事務所で働いています。働き出してから3年、ようやく僅かばかりの月給が貰えるまでになっています。そこは人気の高い設計事務所で、恭平は、無給でもいいから入れて下さいと門を叩いた中の一人なのでした。
祖父の危篤を知らせる電話があり、恭平は故郷の熊本に久しぶりに帰ることになります。ケンシが亡くなり、葬儀の当日、トキヲは高齢者用の白いバンに乗せられ家に戻って来ます。
トキヲは施設にショートステイしていたようで、三十代の男性と若い学生のような女性に両手を持たれながら、玄関に立っています。若い女性はトキヲのことを面白い人だと言います。二人は親し気で、トキヲは時々笑顔を見せ、何か言葉を投げかけています。
久しぶり会ったトキヲは、恭平と目が合うと他人行儀な挨拶をします。その後、家族と別離する子供のような目で若い女性を見つめると、ゆっくりと振り返り無表情のまま恭平の手を取ります。
この時、恭平はトキヲを見ています。トキヲの「瞳」を見ています。人間の視神経は焦点が合っている部分しか実は見えていないそうで、つまりは今、本当に知覚できているのはトキヲの「眼球」だけなのである、と恭平は思います。
焦点が合っている部分以外は漆黒の闇で、人体は幻覚を作り出すことで「見えている」と誤解しているらしい。幻覚の原材料は全て「記憶」で、今目の前にある空間は、実のところ保存している記憶だけで作られた仮の世界なのだと。
トキヲは恭平が生きる上で幻として物質化されているだけで、本来は電気信号のようなものにすぎない - 今見ているのは、真っ暗な洞窟の中で松明を灯し発見した壁画の断片なのである、と恭平は考えます。
恭平はその状態を恐ろしいと思わずに、面白いと思います。さらに、トキヲには世界がどんなふうに見えているのだろうかと、そんなことを想像します。
彼女の記憶は認知症という病気によって混乱している。そのために「現実」という幻覚を作り出すことができないトキヲの視線には漆黒の闇が見えているのかもしれない。
恭平はトキヲを玄関に座らせ、靴を脱がせます。
見たこともないトキヲの靴は、履き込んでいるようで古くなっていた。その僕の知らない靴が体験したと思われる時間は豊潤な未知の世界であった。昔、お香くさいと思っていたトキヲはいつもと違う匂いがした。口角の唾が動く虫に見えている・・・・
・・・・・・・・・
『幻年時代』を読んだときもそうでしたが、この人が書く話は(一味も二味も)どこか違う様子があります。思いのほか人間臭くもあり、気取った風がまるでありません。
頭がいいのはわかっているのに、言い張るところが微塵もなくて、飄々としている。ように見えます。
心では怖ろしいくらいの葛藤を抱えているのに、それを良くは思っていないので、なるべくなら事を荒立てず穏やかであろうとしている。ような感じがします。
葬儀の最後に登場する、ケンシが好きだった相撲甚句を歌う田中さんがいい。以前はケンシの愛車で、蜜柑色に塗り替えられたフォルクスワーゲンの様子がいい。恭平に頼まれワーゲンを整備して「徘徊タクシー」にしたズベさんは、文句なくいい男です。
そして、それよりもっといいのが恭平で、でなければ、誰が仕事を辞めてまでこんなことを始めようとするのでしょう。普通に生きているだけなら、思い付きさえしないのではないかと。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆坂口 恭平
1978年熊本県熊本市生まれ。作家の他に、建築家、音楽家、芸術家。
早稲田大学理工学部建築学科卒業。
作品 「独立国家のつくりかた」「家族の哲学」「幻年時代」「ズームイン、服! 」など
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