『正しき地図の裏側より』 (逢崎遊)_書評という名の読書感想文
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『正しき地図の裏側より』 (逢崎遊), 作家別(あ行), 書評(た行), 逢う, 逢崎遊
『正しき地図の裏側より』 逢崎 遊 集英社文庫 2026年2月25日 第1刷発行
第36回小説すばる新人賞受賞 25歳の鮮烈デビュー作!

その日、俺は父を殺し、一人で生きることを選んだ。社会と断絶する絶望と、その先でつかんだ光 - 。
定時制高校に通いながら無職の父の代わりに働く耕一郎。ある冬の夜、苦労して貯めた金を父に盗まれ、恋人への信じがたい仕打ちも告げられる。衝動的に父を蹴り飛ばし、動かなくなった体を雪の中に放置した耕一郎は故郷を去る。身分証もなく所持金が尽きた彼に、ホームレスの溜まり場から手が差し伸べられ - 。社会と断絶した絶望と、人を繋ぐ温かみを圧倒的解像度で描いた感動のデビュー作。(集英社文庫)
著者の若さに似合わず、作品はとても “硬質“ で、それは最後まで変わることがありません。イメージした内容とは違い、いまどき珍しい “大真面目な青年“ の、“地道“ にすぎる話を読みました。カチカチで、目新しいところは皆無だったのですが、結局読むのをやめることはできませんでした。やめられない、何かがたしかにありました。
物語の舞台は一九九〇年代の日本。定時制高校に通っていた井口耕一郎はアルバイトを掛け持ちして、働こうとしない父親に生活費をわたしていた。しかし父親に貯金を盗まれ、耕一郎の彼女を強姦したと笑いながら告げられたことで逆上してしまう。拳を振るいつづけているうちに喋らなくなった父親を前にした耕一郎は、僅かな所持金とともに故郷から逃げ出す。しかし次第に困窮してしまい、家のない人々が生活する溜まり場にたどり着いたのだった。
耕一郎が家のない人々と交流するなかではじめるのは、自らを困窮に追いやった世界を憎み、打ち倒そうとする欲望に駆られた行動ではない。丸一日かけて三百円ほどの利益になる、時給換算で四十円程度の地道な空き缶拾いだ。社会との結びつきを断たれたゼロの状態から一歩ずつ地道に生活を送っていくさまを描く筆致こそ、本作最大の美点となっている。
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耕一郎が毎日空き缶を拾い、段ボールでつくった家で生活するあいだ、繰り返し抱くことになる感情は社会の表側を生きる人々と比較した、自分自身の惨めさだ。社会に属したい、真っ当でありたい・・・・・・・そうした欲望を諦めて生きていくには、耕一郎は若すぎる。
しかし欲望を抱えたままでいると、逆転を狙った闇雲なギャンブルで破滅したり、悪い人々に欲望を利用されたり、ルサンチマンとして社会への妬みに転化する可能性もありうる。耕一郎が送っているのは地道な生活のようであって、実のところ、いつ暴走して自分を見失ってもおかしくない危うい生活なのだ。
なぜ耕一郎は欲望の暴走を抑えて、地道に生きていけるのだろう? その欲望を抑えているものの正体こそ、本作を貫いている一本の大きな芯ともいえる、ときに愚直すぎるほどの真面目さだ。
耕一郎は家のない仲間から酒を勧められても未成年だからと断る。仲間が風邪をひくと、身銭を切ってでも薬や食べ物を持っていく。暮らしていた故郷から出ていった日、ノートに 「世界を悪者にしてはいけない」 と自分を鼓舞するべく記しもした。耕一郎は真面目に生きようとする意思によって、欲望を押しとどめる。(解説より)
ところが。真面目なだけですべてがうまくいくとは限りません。一途なあまり、大事な何かを見落としたり、見誤ったりもします。
しかし、真面目さにも罠がある。それは真面目だからといって、必ずしも幸福な人生を送れるとは限らない点だ。むしろどれだけ真面目に生きていても人生の選択を間違えるときはある。(中略) 真面目に生きることを諦めない耕一郎の生きざまは、彼が出会うことになる、最初から諦めることで間違えないようにしていた人々の胸を打つ。
※社会の最底辺で生きる人々にとっては (良くも悪くも) 耕一郎という若者の存在は眩しすぎたのだと思います。(自分が生きてきた中で) 捨ててきたものの一切を、彼が頑なに持ち続けているのを妬んだりもしたのだろうと。そしてその危うさに、ハラハラもしたに違いありません。(後にわかるのですが) 過去にひとつ、彼は大きな思い違いをしています。
この本を読んでみてください係数 80/100

◆逢崎 遊
1998年沖縄県生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。
2023年 「正しき地図の裏側より」 (「遡上の魚」 を改題) で、第36回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
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