『ひゃくはち』(早見和真)_書評という名の読書感想文
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『ひゃくはち』(早見和真), 作家別(は行), 早見和真, 書評(は行)
『ひゃくはち』早見 和真 集英社文庫 2011年6月30日第一刷
地方への転勤辞令が出た青野雅人は、恋人の佐和子から意外なことを打ち明けられた。付き合い出すずっと前、高校生のときに二人は出会っていたという。彼は、甲子園の常連・京浜高校の補欠野球部員だった。記憶を辿るうち - 野球漬けの毎日、試合の数々、楽しかった日々、いくつかの合コン、ある事件、そして訣別。封印したはずの過去が甦る。青春スポーツ小説に新風を注いだ渾身のデビュー作!(集英社文庫)
読み始めて100ページを過ぎたあたり。野球部員が暮らす〈泰平寮〉で催される、年に一度の無礼講(部員らはそれをクリスマス・パーティーと呼びます)での場面。河島英五が歌う『野風増』は、京浜高校野球部監督・山田正造の十八番(オハコ)でもあります。
お前が20才になったら 酒場でふたりで 飲みたいものだ
ぶっかき氷に 焼酎入れて つまみはスルメか エイのひれ
お前が20才になったら 思い出話で 飲みたいものだ
したたか飲んで ダミ声上げて お前の20才を 祝うのさ
いいか男は 生意気ぐらいが丁度いい
いいか男は 大きな夢を持て
野風増 野風増 男は夢を持て
最後のサビの部分を前に、雅人はみんなに向かって大きく手を振ります。
「いっせぇー、のー ! 」
野風増 野風増 男はぁ・・・・
『夢を持てぇ~ ! 』
野風増 野風増 男はぁ・・・・
そこにいた全員が両手を高く突き上げた。
『甲子園~ ! 』
・・・・・・・・・
そして、ラスト。大トリを任されたのは、ノブです。彼は、雅人に言われて、最後に〈ブルーハーツ〉を歌うことになっています。
いつまでも鳴りやもうとしない大歓声。満面の笑みを浮かべてハイタッチを繰り返す仲間たち。まるで大団円を迎えたような盛り上がりの中で、大トリを任されたノブ一人が気まずい思いでいます。今にも泣き出しそうな顔をしながら、ノブは一から曲を調べ始めます。
でも、それって・・・・。言われるがまま、(雅人は)ノブが口にした番号を入力すると、案の定、たった今聞いたばかりの『野風増』のイントロが、再び食堂に響き渡ります。彼は抑え切れない怒りをぶつけるようにして山田監督を睨みつけ、「やぶれかぶれだ」と呟きながら歌い出します。
あんたが50になったら 野球の話で飲みたいものだ
殴られ蹴られた昔のことを 思い出してはにが笑い
あんたが50になったら やっぱり野球で飲みたいものだ
バントバントで打つのを忘れた あんたの50を祝うのさ
いいか山田は 理不尽くらいが丁度いい
いいか山田は 大きな夢を持てぇ
山田~ 山田ぁ 山田はぁ~ 夢を持てぇ~!
山田~ 山田ぁ 山田とぉ~・・・・
『甲子園~! 』
小説中では、山田監督の歌は三番まで続きます。(彼は陰で部員たちに「T」と呼ばれています。が、その訳は敢えてここでは触れずにおきます)彼は結構歌が上手で、『野風増』は彼の定番。雅人はそれを知っており、ここぞというタイミングで監督が歌うよう仕向けます。
彼らは甲子園の常連と言われ、野球のエリートたちが集まる神奈川県の名門・京浜高校野球部の監督とその部員たちです。雅人とノブ以外の2年生部員は、すべて特待生。一般入試を経て入部した二人は、間違ってもレギュラーにはなれません。
しかし、野球に対する情熱は人一倍のものがあります。たとえ補欠であろうとも、ベンチ入りを果たし、憧れの甲子園の土を踏む - その思い一心で、日々の練習に耐えています。
しかし、彼らは練習漬けの味気ない毎日に甘んじているわけではありません。酒を飲み、煙草を吸い、オフともなれば決まって合コンへ出かけます。雅人には佐和子、ノブには千渚という恋人がいます。高校野球の話には似合わない「男と女」の話が間あいだに挟まっています。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆早見 和真
1977年神奈川県横浜市生まれ。
國學院大學文学部中退。
作品 「スリーピング・ブッダ」「イノセント・デイズ」「東京ドーン」「6 シックス」「ぼくたちの家族」他
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