『ナオミとカナコ』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/11
『ナオミとカナコ』(奥田英朗), 作家別(あ行), 奥田英朗, 書評(な行)
『ナオミとカナコ』奥田 英朗 幻冬舎文庫 2017年4月15日初版
望まない職場で憂鬱な日々を送るOLの直美は、あるとき、親友の加奈子が夫・達郎から酷い暴力を受けていることを知った。その顔にドス黒い痣を見た直美は義憤に駆られ、達郎を〈排除〉する完全犯罪を夢想し始める。「いっそ、二人で殺そうか。あんたの旦那」。やがて計画は現実味を帯び、入念な準備とリハーサルの後、ついに決行の夜を迎えるが・・・・。(幻冬舎文庫)
加奈子に対する夫・達郎の暴力は明らかに度を超えており、時に常軌を逸したものになります。それは「病気」で「手立て」が必要なのですが、いくら言っても、加奈子はただ耐え忍び、現状を受け入れるしか他になす術(すべ)がないと思っています。
親友の直美にすれば、なぜ加奈子が達郎と離婚しないのか、その理由がわかりません。些末な事で暴力を振るわれ、それでも我慢して夫婦でいることにどんな意味があるのか。直美の目の前にいるのは精神的に支配され、抵抗する気力さえ失った親友の姿 - 加奈子は、達郎から逃げもせず、黙ったままに日々をやり過ごしています。
「・・・・加奈子の旦那だって、別にプロレスラーってわけじゃないんだし、強いのは女に対してだけでしょう。だから、親戚のちょっと強そうな従兄弟にでも頼んで、警告してもらえば、案外簡単に収まるんじゃないかなあ。
わたし思うんだけど、ストーカーだって、反撃されると意外なほどおとなしいって言うし。そもそも自分より弱い相手を探して、つきまとったり、攻撃を仕掛けたりしてるだけじゃない」
そう直美が言うと、「でも、反撃されたときはおとなしくなっても、時間が経てばまた元に戻ると思う。だって警察に駆け込んだ被害者が、結局は殺されるわけでしょう」と、加奈子は苦しそうに訴えます。
達郎に直接言うのではなく、病院で診断書を取り、警察に被害届を出す。弁護士を探して、離婚訴訟を起こし、慰謝料を取る。その間、裁判のときも病院も警察も、わたしが全部付き添ってあげる、と直美が言うと、
加奈子は、そんなことをしたらもっとひどいことになる、と言います。冗談じゃなく直美まで殺されるかもしれない。達郎は一旦頭に血が上ると前後の見境がなくなり、ただの暴力マシンになる。そうなったら、わたしだけじゃなくて、親兄弟だろうが、友人だろうが、全員犠牲になる、と言うのです。
暴力を振るうときは発狂し、普通じゃなくなるのだと言います。復縁を迫った元夫が、元妻の実家に押し掛けて親兄弟を皆殺しにして自分も自殺する。そんな人間が確かにいることがわかったと言い、(それが達郎の本性だと思うと)何も出来なくなると訴えます。
二人はしばらく身を寄せ合い、黙ったままでいます。涙は涸れたのか、加奈子は泣いてはいません。ただ暗くため息をついています。
「いっそ、二人で殺そうか。あんたの旦那」
直美がそう言ったとき(それはもちろん勢いで言っただけのことだったのですが)、口にした瞬間、殺すという選択肢がポンと心の中に出現し、その違和感のなさに、直美は自分でもひどく驚いてしまいます。
達郎が生きている限り、加奈子は脅え続けなければならないのなら、達郎に死んでもらうことは、重要な選択肢のひとつだ。「中国人ならそうする」- 直美は、そう言ってのけた女社長の言葉を思い出しています。(彼女は百貨店の外商部で働いており、中で「華僑」を担当しています)
・・・・・・・・・
文庫で558ページある大作です。しかし、これっぽっちも長いとは感じません。むしろ、もっと続きを読みたいとさえ思います。
二人が立てた完全犯罪の計画は、(残念ながら)二人が思うほどには上手くいきません。(偶然もあり)最初こそ上手くいくかに思えるのですが、徐々に綻び、二人は抜き差しならぬ事態にまで追い込まれることになります。
言い出したのは直美の方で、最初加奈子は直美の言いなりで事は進んで行きます。が、後になるに従い立場は逆転し、加奈子自身が主導するようになっていきます。
しかし(いずれにしても)事は思い付きで始めたもので、よくよく思うと、上手くいく道理がありません。案の定、二人は間際になって窮地に立たされます。その「諦めの悪さ」と「足掻く様子」を存分に味わってください。ラストは文句なく「圧巻」です。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆奥田 英朗
1959年岐阜県岐阜市生まれ。
岐阜県立岐山高等学校卒業。プランナー、コピーライター、構成作家を経て小説家。
作品 「ウランバーナの森」「最悪」「邪魔」「東京物語」「空中ブランコ」「町長選挙」「沈黙の町で」「無理」「噂の女」「オリンピックの身代金」「向田理髪店」他多数
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