『ユリゴコロ』(沼田まほかる)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『ユリゴコロ』(沼田まほかる), 作家別(な行), 書評(や行), 沼田まほかる

『ユリゴコロ』沼田 まほかる 双葉文庫 2014年1月12日第一刷

ある一家で見つかった「ユリゴコロ」と題された4冊のノート。それは殺人に取り憑かれた人間の生々しい告白文だった。この一家の過去にいったい何があったのか - 。絶望的な暗黒の世界から一転、深い愛へと辿り着くラストまで、ページを繰る手が止まらない衝撃の恋愛ミステリー! 各誌ミステリーランキングの上位に輝き、第14回大藪春彦賞を受賞した超話題作! (双葉文庫)

ある日実家に立ち寄った亮介は、偶然押入れから数冊のノートを発見します。表紙に〈ユリゴコロ〉と書いてあります。意味はわかりません。捲るとこんな文章があります。

私のように平気で人を殺す人間は、脳の仕組みがどこか普通とちがうのでしょうか。(中略)殺したいから殺すというだけで、罪悪感など持たない私ですが、それでも人殺しが止まるというのなら、(治る薬というのを)やっぱり飲んでみたいものです。どうしてなのか、我ながら不思議です。

読むと、それは幼い頃から衝動に駆られて殺人を繰り返す何者かの〈告白文〉であるのがわかります。書いたのは誰なのか。父か、亡くなった母なのか、あるいは別の誰かの手によるものか。書いてあるのは事実なのか、それとも創作?・・・・

物語は、告白文の内容と(亮介を語り手に)今ある状況とが交互に語られてゆきます。末期がんの父親、施設にいる祖母、彼が経営する〈シャギーヘッド〉(ドッグランを備えた喫茶店)は必ずしも順調とは言えず、更には、将来を誓ったはずの千絵が、ある日突然姿を消して行方知れずになります。

多くの問題を抱え、亮介は言いようの無い絶望感に打ちひしがれています。〈ユリゴコロ〉と題された、異様な書き出しで始まる手記を見つけたのはそんなときのことです。

ノートの他に見覚えのないハンドバッグがあり、中に短く切ったひと束の黒髪が入っています。まるで遺髪のような黒髪に、亮介は先々月に亡くなった母を思い、幼い頃母に感じたある〈違和感〉を思い出します。

今から20年以上昔、彼が4歳くらいの頃、肺炎か何かで長く入院したあとようやく退院して家に帰ったときに、母が別の人に入れ替わってしまったような気がしたのを思い出します。髪の束を見なければ一生思い出すこともなかったであろう奇妙な記憶に促され、亮介は誰が手記を書いたのかをつきとめようと決意します。
・・・・・・・・・
この『ユリゴコロ』という小説は、勿論のこと、単に「ノートを書いたのは誰なのか」を見つけて終わるだけの物語ではありません。見つけた先、そのまた先にある「真実」が何なのかを問いかける物語であるわけです。

謎の人物は、手記の中でこんなことを語ります。

将来の職業のことで悩んだり、甘い恋愛に憧れたりしている学生たちのなかにいると、ユリゴコロのことなど知りもしない彼らに、強い優越感と、もの悲しい羨望とを同時に感じたものです。(中略)子供の頃の医師はきっと、〈拠りどころ〉と言ったのだと、今では思っています。〈感覚的なヨリドコロ〉とか〈認識のヨリドコロ〉とか〈気持ちのヨリドコロ〉とかが、この子にはないと。

おかしな聞き間違いをしたのだといい、けれど、今となってはそんなことは全然問題ではないといいます。ユリゴコロは私のなかに、私だけの言葉として、根を下ろしてしまったのだからと。それはもう訂正もできない、どうすることもできないのだと。

この謎の人物が誰なのかを探る過程で、秘められた家族の謎が明かされてゆきます。描かれているのは途方もない現実、おそらくは誰もしたことがない非道と味わったことのない不幸の連続です。

ここまで痛々しい話を、(沼田まほかるは) なぜ書こうとしたのか。彼女の何がそうさせたのだろう。それこそを知りたいと思います。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆沼田 まほかる
1948年大阪府生まれ。
大阪文学学校に学ぶ。離婚後、得度して僧侶となる。会社経営等も経験、小説デビューは56歳。

作品 「九月が永遠に続けば」「アミダサマ」「猫鳴り」「彼女がその名を知らない鳥たち」「痺れる」他

関連記事

『芝公園六角堂跡/狂える藤澤清造の残影』(西村賢太)_書評という名の読書感想文

『芝公園六角堂跡/狂える藤澤清造の残影』西村 賢太 文春文庫 2020年12月10日第1刷

記事を読む

『夕映え天使』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『夕映え天使』浅田 次郎 新潮文庫 2021年12月25日20刷 泣かせの浅田次郎

記事を読む

『サムのこと 猿に会う』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『サムのこと 猿に会う』西 加奈子 小学館文庫 2020年3月11日初版 そぼ降る

記事を読む

『夜に啼く鳥は』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『夜に啼く鳥は』千早 茜 角川文庫 2019年5月25日初版 辛く哀しい記憶と共に続

記事を読む

『よだかの片想い』(島本理生)_書評という名の読書感想文

『よだかの片想い』島本 理生 集英社文庫 2021年12月28日第6刷 24歳、理

記事を読む

『安岡章太郎 戦争小説集成』(安岡章太郎)_書評という名の読書感想文

『安岡章太郎 戦争小説集成』安岡 章太郎 中公文庫 2018年6月25日初版 満州北部の孫呉に応召

記事を読む

『枯れ蔵』(永井するみ)_書評という名の読書感想文

『枯れ蔵』永井 するみ 新潮社 1997年1月20日発行 富山の有機米農家の水田に、T型トビイロウ

記事を読む

『よるのふくらみ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『よるのふくらみ』窪 美澄 新潮文庫 2016年10月1日発行 以下はすべてが解説からの抜粋です

記事を読む

『夜をぶっとばせ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『夜をぶっとばせ』井上 荒野 朝日文庫 2016年5月30日第一刷 どうしたら夫と結婚せずにす

記事を読む

『私の消滅』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『私の消滅』中村 文則 文春文庫 2019年7月10日第1刷 「このページをめくれば

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『今日のハチミツ、あしたの私』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『今日のハチミツ、あしたの私』寺地 はるな ハルキ文庫 2024年7

『アイドルだった君へ』(小林早代子)_書評という名の読書感想文

『アイドルだった君へ』小林 早代子 新潮文庫 2025年3月1日 発

『現代生活独習ノート』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『現代生活独習ノート』津村 記久子 講談社文庫 2025年5月15日

『受け手のいない祈り』(朝比奈秋)_書評という名の読書感想文

『受け手のいない祈り』朝比奈 秋 新潮社 2025年3月25日 発行

『蛇行する月 』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『蛇行する月 』桜木 紫乃 双葉文庫 2025年1月27日 第7刷発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑