『ひと呼んでミツコ』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文
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『ひと呼んでミツコ』(姫野カオルコ), 作家別(は行), 姫野カオルコ, 書評(は行)
『ひと呼んでミツコ』姫野 カオルコ 集英社文庫 2001年8月25日第一刷
彼女はミツコ。私立薔薇十字女子大英文科在籍中。名高い香水と同じ名前を持つ女 - 。その盲腸の手術痕がうずく時、不埒なやつらに公衆道徳の鉄槌が下る。強力倫理観と超人的能力をあわせ持つスーパー学生ミツコは今日も行く。荒廃する現代社会を憂うすべての市民、まっとうゆえに切歯扼腕している老若男女必読。文学のジャンルを超越した傑作小説。21世紀はミツコの時代だ。(集英社文庫)
※切歯扼腕:はなはだしく怒り、非常にくやしく思うことの形容。
わたしは三子。私立薔薇十字女子大英文科在籍中。
ひとはわたしをMITSOUKOと呼ぶ。MITSOUKO、ゲランの名高い香水。
7つある章は、決まってこんな〈きめ台詞〉で始まります。で、あとに続く文章がおもしろい。明らかに、洒落で書いてあるのがわかります。例えばVol.6 -
わたしは三子。私立薔薇十字女子大英文科在籍中。
ひとはわたしをMITSOUKOと呼ぶ。MITSOUKO、ゲランの名高い香水。
その神秘的で官能的な香りを、一糸まとわぬ全身にふりそそげば、わたしは一介の女子大生ではなくなる。
カーミラに変身する。(女吸血鬼。ロジェ・バディム監督の『血とバラ』参照) 聖水をふりかけられたカーミラに。
肌がかぶれるのだ。
と続きます。面白いのでそのまた続きをいうと、
香水にかぎらない。たいていの化粧品に、わたしの皮膚はかぶれる。パンティ・ストッキングにもかぶれる。サロンパスにもかぶれる。・・・・あるいは、
・・・・ MITSOUKO、ゲランの名高い香水。神秘的で官能的な香り、と言っているだけではなく一回くらい実際につけてみてもいいと思うが18000円もするので、ほんとうはつけたことがない。(Vol.5)等々。
※但:これら一連の文章は、いわばこれから始まるミツコの、ちょっと、いや、かなり〈屈折した一人語り〉を予感させる、彼女ならではの決意表明とでも思ってください。あと半分は単なるギャグです。
少し長くなりますが、単行本のあとがきを紹介しましょう。
ミツコは、まじめですが、あまり頭のよい学生ではありません。要領も悪い。もののはずみで「薔薇十字女子大」に入学してしまいました。
世間にまかりとおっている微妙な悪。さいしょは微妙でも積もれば凶悪ともなる悪。積もり積もって凶悪になってはじめて多くの人は、それが悪であったと知るけれど、積もらぬ前からそこに悪の匂いを嗅ぎつけるのは律儀な人です。ミツコは、言ってみれば、「律儀の味方」でしょうか。正義の味方というよりは。
彼女は、自分の趣味や嗜好だけが正しいとは考えません。世の中には千差万別の趣味や嗜好があるわけで、「自分とは違う言動をする人もたくさんいる」という事実を理解しています。
しかるに、あるひとつの趣味や思考、考え方や行動のみが他を踏みにじることに怒りを覚えます。しかも、怒るときには律儀に、その相手の次元に合わせて怒ります。
私はこの物語を深刻な気持ちで書きました。今の日本において「さっぱりした人柄」を体得できずに「場違い」になっている人たちに光を当てたかった。活字メディアの枠をできるかぎり破り、かつ、活かして、彼らに主役をやってほしかった。さっぱりした人柄を体得している人は、現代日本でいつも主役なのだから。
阿呆らしいと馬鹿にせず、小難しいと投げ出さず、どうか彼女の真摯な訴えにしばし耳を傾けてやってください。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆姫野 カオルコ
1958年滋賀県甲賀市生まれ。
青山学院大学文学部日本文学科卒業。
作品 「受難」「整形美女」「ツ、イ、ラ、ク」「リアル・シンデレラ」「昭和の犬」「純喫茶」「部長と池袋」他多数
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