『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』(江國香織)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/14
『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』(江國香織), 書評(あ行)
『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』江國 香織 集英社 2002年3月10日第一刷
It’s not safe or suitable for swim. 著者がアメリカの田舎町を旅行しているときに見た、川べりにあった注意書きの立て看板の文句がタイトルとなっています。
初版本の装丁は、白地の中の囲みに緑の樹木で区切られた歩道と車道が遠近で描かれ、英語表記のタイトルがピンク色で添えられた垢抜けたものになっています。
タイトルと装丁に惹かれてこの本を手に取った方が、当時たくさんおられたと思います。
江國香織が30歳代に書いた短編集で、第15回の山本周五郎賞を受賞している作品です。
残念ながら私はこの人の小説をほとんど読んでいません。「女性に絶大な人気を誇る恋愛小説のカリスマ」だという評判が逆に読む気を削いでいました。
40歳を過ぎてやっと買ったのがこの本なのですが、買った本人が言うのも何ですが、少なくとも40過ぎのおじさんが真っ先に読む小説ではなかったようです。
この小説を貶すつもりは全くありませんが、普通に考えると読みたいと思うのはやはり女性が圧倒的に多いのでしょう。
イメージとは違いかなり辛辣で明け透けな表現もあったりで、最初は少し戸惑い気味で読み始めた次第です。
この本は10の短編からなり、10人の「瞬間」を生きる女性が登場します。彼女たちは、他の誰でもない、自分だけが味わった恋愛観を語ります。
ここでは、他の誰の人生にも起こらなかったことだということが最も重要です。
「瞬間の集積が時間であり、時間の集積が人生であるならば、私はやっぱり瞬間を信じたい。SAFE でも SUITABLE でもない人生で、長期展望にどんな意味があるのでしょうか。」
あとがきで江國香織はこう書いています。
「蜜のような一瞬を確かに生きた」という実感は、消えることのない事実として彼女たちの生活と人生に刻まれます。
みなさんは、いかがですか? 私は...分かるのですが、それだけをことさら強調されてもなぁ、といった微妙な思いが残ります。
心情がストレート過ぎる分すぐには反応できず、少し時間をかけないと作者の真意を測り損ねそうで心配です。
瞬間を信じたいという気持ちに同意する一方で、長期展望にどんな意味があるのかと書いた江國香織は、もう少し読んでみる必要がありそうです。
この本を読んでみてください係数 75/100
◆江國 香織
1964年東京都世田谷区生まれ。
目白学園女子短期大学国文学科卒業。アテネ・フランスを経てデラウエア大学に留学。
父親はエッセイストの江國滋。童話作家として出発、海外の絵本の翻訳も多い。詩人でもある。
作品 「きらきらひかる」「落下する夕方」「号泣する準備はできていた」「がらくた」「真昼なのに昏い部屋」「犬とハモニカ」他多数
◇ブログランキング
関連記事
-
『あおい』(西加奈子)_書評という名の読書感想文
『あおい』西 加奈子 小学館文庫 2007年6月11日初版 西加奈子のデビュー作です。「あお
-
『失はれる物語』(乙一)_書評という名の読書感想文
『失はれる物語』乙一 角川文庫 2006年6月25日初版 目覚めると、私は闇の中にいた。交通事故に
-
『溺レる』(川上弘美)_書評という名の読書感想文
『溺レる』川上 弘美 文芸春秋 1999年8月10日第一刷 読んだ感想がうまく言葉にできない
-
『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』(桜木 紫乃)_書評という名の読書感想文
『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』桜木 紫乃 角川文庫 2023年12月25日 初版発行
-
『噂』(荻原浩)_書評という名の読書感想文
『噂』荻原 浩 新潮文庫 2018年7月10日31刷 「レインマンが出没して、女の子の足首を切っち
-
『あの家に暮らす四人の女』(三浦しおん)_書評という名の読書感想文
『あの家に暮らす四人の女』三浦 しおん 中公文庫 2018年9月15日7刷 ここは杉並の古びた洋館
-
『美しい距離』(山崎ナオコーラ)_この作品に心の芥川賞を(豊崎由美)
『美しい距離』山崎 ナオコーラ 文春文庫 2020年1月10日第1刷 第155回芥川
-
『青い壺』(有吉佐和子)_書評という名の読書感想文
『青い壺』有吉 佐和子 文春文庫 2023年10月20日 第19刷 (新装版第1刷 2011年7月
-
『蟻の菜園/アントガーデン』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文
『蟻の菜園/アントガーデン』柚月 裕子 角川文庫 2019年6月25日初版 婚活サ
-
『大阪』(岸政彦 柴崎友香)_書評という名の読書感想文
『大阪』岸政彦 柴崎友香 河出書房新社 2021年1月30日初版発行 大阪に来た人