『星の子』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『星の子』(今村夏子), 今村夏子, 作家別(あ行), 書評(は行)

『星の子』今村 夏子 朝日新聞出版 2017年6月30日第一刷

林ちひろは中学3年生。病弱だった娘を救いたい一心で、両親は「あやしい宗教」にのめり込みその信仰は少しずつ家族のかたちを歪めていく。前作 『あひる』 が芥川賞候補となった著者の新たなる代表作。(朝日新聞出版)

何度目かのトイレのあと、リビングに戻ると、落合さんがさっきまで頭の上にのせていた白いタオルを手に取って、真剣なようすでなにやら父に語りかけていた。父と母は熱心にうなずいていた。(中略)

少したって、奥さんはトレーを手に戻ってきた。トレーの上にのっていたのは洗面器と白いタオルだった。洗面器には水が張ってあった。父は落合さんのいうとおりに洗面器の水にタオルを浸し、軽くしぼったものを折り畳んで頭の上にのせた。(本文より)

これは、ちひろの両親が、父の勤める会社の同僚である落合さんの家を訪ね、聖なる水「金星のめぐみ」の効用と使用方法について、あらためて、レクチャーを受けているときの様子です。

ちひろの、何をしても治らなかった湿疹が徐々に消え、父と母、二人して風邪もひかなくなったことで、(ちひろの両親に対する)落合さんの「洗脳」は既に大方が完了しています。あとは日常的に「金星のめぐみ」を使い続けさせること。それで全てが成就します。

その手立てとして勧められたのが、常に水を浸したタオルを頭の上にのせておくこと。そうすることで「悪い気」から守られるのだと落合さんはいいます。それはまるで「かっぱ」のように間の抜けた姿で、しかし父と母は、それを信じて疑うことがありません。

ちひろは、(それが真実であるかどうかは別にして) 概ね両親の言動を受け入れて日々を過ごしています。多少の違和感はあるものの、それはやがて習慣となり、彼女の内ではさして重大な問題と思わなくなります。行けと言われて、月に二回の集会へも出かけます。

家族の中で、姉のまさみだけが違っています。まさみは両親の「信仰」を受け入れず、ちひろが小学校5年生の時、高校1年生だった彼女は(その時まさみは既に学校を中退しているのですが)家を出て行き、その後ずっと戻らないでいます。

母の弟の〈雄三おじさん〉は、再三家を訪れ、両親を説得します。繰り返しおじさんは、「騙されている」「頼むから目を覚ましてくれ」と言いますが、その都度母はその場を繕い、父は「考えておく」と言いながら、まるでそんな気配はありません。

両親は何度も引っ越しを繰り返します。その度、家は小さく狭くなります。ちひろの研修旅行に必要な費用は、全て雄三おじさんが用立てます。父は勤めていた会社をとうに辞め、母と二人して、親戚がする法事にさえ行かなくなります。

受験を前にして、ちひろは、雄三おじさんからある提案を持ちかけられます。もしも志望する高校に合格したとするなら、その時はこの家(雄三おじさんの家)から学校へ通えばどうかと言われます。

自宅から高校まで自転車で1時間半かかるところが、おじさんの家からだと5分で行くことができる。但し、それが一番の理由ではないと雄三おじさんは言います。

ちひろはおじさんとおばさんから少し距離を置いたらどうかなって、おれたちずっと考えてたんだ - そう言う雄三おじさんに対して、わかってるよ。でもわたし、まーちゃん(姉のまさみ)みたいに家出したいと思ったことないんだ - ちひろがそう言うと、

今度は雄三の息子の慎吾が、そこがちひろの心配なとこなんだよ - と返します。

和歌子おばさん(雄三おじさんの妻)は、家に帰って一度ゆっくり考えてみてほしいのと言いますが、ちひろは即座に、考えても同じです、と返答します。

雄三おじさんをはじめ、そこにいるみんなが自分のことをどれだけ心配してくれているかをちひろは十分に理解しています。それでも、でもわたしは大丈夫、と言います。

いかがわしい「宗教」の虜となり、顧みることさえしなくなった両親と、表向き従順でいるようにみえる中学3年生の娘、ちひろ。この関係を、今村夏子は何と伝えたいのでしょう。

父や母が信じたことは何なのでしょう。たまたま奇蹟であったにせよ、彼らが信じたものは、「金星のめぐみ」それ自体ではないような気がします。なら、ちひろは?

もしかして彼女は、それをわかった上で、家族だから、守ってくれる大事な人が信じることだからという理由で、見て見ぬふりをしているのでしょうか。たしかなことはわかりません。そうであり、そうではないような気もします。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆今村 夏子
1980年広島県広島市生まれ。

作品 「こちらあみ子」「あひる」「父と私の桜尾通り商店街」「白いセーター」など

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