『ホテルローヤル』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2015/03/11
『ホテルローヤル』(桜木紫乃), 作家別(さ行), 書評(は行), 桜木紫乃
『ホテルローヤル』桜木 紫乃 集英社 2013年1月10日第一刷
桜木紫乃が好きである。
「本日開店」は、貧乏寺の住職の妻・幹子が、自分の躰を提供することで檀家からお布施を受け取るという話です。
仏に仕える身でありながら何とも淫らなことをと思うところですが、これは寺の生計を維持するために先の総代から幹子に提案された約束事でした。
幹子、夫である住職の西教、檀家の人々すべてが承知の上で、菩提寺が檀家へ施す「奉仕」の役目を担うものでした。
檀家の老人を相手にするのは、看護助手だった幹子にとっては訳ないことでした。老人のささやかな欲望を処理することは、幹子にすれば前職の延長に過ぎないものでした。
そんな幹子の前に現れた新しい総代の佐野は、戸惑いながらも幹子を普通に抱きます。幹子が忘れかけていた躰の疼きを久方ぶりに感じた瞬間です。
住職の妻が「奉仕」と称して檀家の男たちと関係するとは、およそ現実とは思えない話です。
しかし、桜木紫乃はそれをさらりと日常に紛れ込ませて同化させてしまうのです。
・・・・・・・・・・
[作中より抜粋しています]
目覚めたときには男も金も、部屋からなくなっていた。
男に騙されたことよりも、財布に一泊分の部屋代とタクシー代が残っていたことに動揺した。
幹子はアパートまでたどり着けるぎりぎりの金が財布に残っているのを見て、自分が十人並みかそれ以上の容姿を持っていればこの金もなかったろうと思った。
そして、そんな容姿があったなら、騙されることもなかったろうにと自分を哀れんだ。
・・・・・・・・・・
幹子が住職と結婚する前、当時付き合っていた男とホテルへ行った際に、工面するよう頼まれた現金ごと男が消え去った後の場面です。
男に逃げられてラブホテルに一人残された幹子の心情が淡々と書かれてあり、桜木紫乃らしさが際立つ文章だと思います。彼女が書く、このトーンが私は好きです。
一文無しになった幹子に舞い込んだ結婚話が、寺の住職の妻になるというものでした。
この短編の主人公・幹子は、決して浮き足立つような物言いはしません。不幸な自分をありのまま引受けて、泣き喚く代わりに冷静になって自己分析さえしてみせます。
まるで不幸であることを運命付けられたように感じる場面でも、潔い諦念とぎりぎりの忍耐で凌いでみせるのです。
・・・・・・・・・・
この小説は、釧路の湿原を背に建つラブホテル「ホテルローヤル」を物語の背景に据えた、「本日開店」を含む7つの短編が収められた直木賞受賞作品です。
幹子をはじめここに登場する女性たちは、つかの間の男女の情交に一縷の望みを託しながら、閉塞感に覆われた日々の暮らしを何とかやり過ごしています。
恋人から投稿ヌードのモデルとして撮影を頼まれる美幸、舅との同居で夫と肌を合わせる時間がない恵、働かない年下の夫を持つホテルの清掃係のミコ、、等々。
彼女たちが手にする一瞬の愉楽を桜木紫乃は見逃しません。それが多くの不幸に閉ざされたなかで咲くあだ花だと承知している分、なお切なくもあるのですが。
この本を読んでみてください係数 90/100
◆桜木 紫乃
1965年北海道釧路市生まれ。
高校卒業後裁判所のタイピストとして勤務。
24歳で結婚、専業主婦となり2人目の子供を出産直後に小説を書き始める。
2007年『氷平線』でデビュー。
ゴールデンボンバーの熱烈なファンであり、ストリップのファンでもある。
作品 「氷平線」「凍原」「ラブレス」「硝子の葦」「起終点駅」「無垢の領域」「蛇行する月」「星々たち」など
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