『彼女の人生は間違いじゃない』(廣木隆一)_書評という名の読書感想文

『彼女の人生は間違いじゃない』廣木 隆一 河出文庫 2017年7月20日初版

まだ薄暗い、早朝のいわき駅。東京行きの高速バスに乗り込む、金沢みゆき。まもなく太陽も昇りきり、田んぼに一列に並んだ高圧電線の鉄塔が、車窓を流れてゆく。

東京駅のトイレで化粧を終えたみゆきは、渋谷へと向かう。スクランブル交差点を渡り、たどり着いたマンションの一室が、みゆきのアルバイト先の事務所だ。「YUKIちゃん、おはよう」と、ここでの彼女の名前で話しかける三浦。彼の運転する車の後部座席に乗って、出勤したのはラブホテル。彼女の仕事はデリヘルだ。

その日は客とトラブルになったが、それを解決してくれるのも三浦の役目だ。「何年目だっけ?」と帰り車の中で三浦に聞かれ、「来月でちょうど2年目です」と答えるみゆき。暗くなる前に、今度は鉄塔の表側を見ながら、福島へと帰る。仮設住宅に二人で暮らす父親の修には、東京の英会話教室に通っていると嘘をついていた。

月曜日になると、市役所勤めの日常に戻るみゆき。だが、その日はちょっとしたハプニングがあった。昼休みに、昔付き合っていた山本から会いたいというメールが入る。みゆきの母は震災で亡くなったのだが、そんな時に山本が放ったある一言が、二人の心の距離を広げたのだった。久しぶりに帰郷した山本はそのことを謝り、やり直したいと打ち明けるが、みゆきは「考えとく」と逃げるように立ち去る。

家では父が、酒を飲みながら母との思い出話ばかりを繰り返す。田んぼは汚染され、農業はできず、生きる目的を見失った父は、補償金をパチンコにつぎ込む毎日を送っている。みゆきはそんな父をなじり、腹立ちまぎれに家を出て行くが、こんな時に気が晴れる場所などどこにもなかった。

もう一人、みゆきと同じようにもがく男がいる。市役所の同僚の新田だ。東京から来た女子大生に、被災地の今を卒論のテーマにするからと、あの日からのことを取材されるが、言葉に詰まってほとんど答えられない。

週末になると東京へと通うみゆきの日々に、変化が訪れる。三浦が突然、店を辞めたのだ。みゆきは三浦がいると聞いた、ある意外な場所を訪ねるのだが - 。(映画 『彼女の人生は間違いじゃない』(17.7.15 公開済)の公式サイトより。一部割愛の上、「保証金」を「補償金」としています)

震災後の町はからっぽで、誰もが、何処へも行くあてがない。あいかわらず町は「喪中」みたいで息が詰まる感じがする。田畑のほとんどが無用の土地となり、海や山も同じとあっては、なすすべがない。

東北でもなく、福島でもなく、別の場所だったとしたらどうだろうと考えてみる。どうで自分はここで生まれてしまったのだろうと、いまさらながらに思い返してため息をつく。

人のことはわからない。人はきっと、他人のことはわからないのだと思う。だから、不用意に「頑張れ」などと言わないでほしい。「頑張る」べき未来が奪われた者に対して、何を「頑張れ」と言うのか。その後先を言えと言われて、何かあなたは言えるのでしょうか。
・・・・・・・・・
果てしない喪失感というものを未だ経験したことのない者からすれば、彼女がする全てのことが理解できるわけではありません。しかし、知らない何処かの町へ行き、アカの他人の中で違う自分を曝してみたいという気持ちはわからぬではありません。

みゆきにしてみれば、それが衝動的であろうとなかろうと、とにもかくにも、そことは違う別の場所へ行き、まるで違う別の自分を生きてみたかったのだろうと。

それが為に彼女は嘘をつき、毎週末高速バスに乗り、デリヘルのアルバイトをするために、東京へと出かけて行きます。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆廣木 隆一
1954年福島県郡山市生まれ。映画監督。
アテネフランセの映画技術美学講座で学ぶ。

作品 本作は廣木隆一による初の小説。

関連記事

『くもをさがす』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『くもをさがす』西 加奈子 河出書房新社 2023年4月30日初版発行 これはたっ

記事を読む

『月』(辺見庸)_書評という名の読書感想文

『月』辺見 庸 角川文庫 2023年9月15日 3刷発行 善良無害をよそおう社会の表層をめく

記事を読む

『きのうの神さま』(西川美和)_書評という名の読書感想文

『きのうの神さま』西川 美和 ポプラ文庫 2012年8月5日初版 ポプラ社の解説を借りると、『ゆ

記事を読む

『後妻業』黒川博行_書評という名の読書感想文(その2)

『後妻業』(その2) 黒川 博行 文芸春秋 2014年8月30日第一刷 ※二部構成になってます。

記事を読む

『素敵な日本人』(東野圭吾)_ステイホームにはちょうどいい

『素敵な日本人』東野 圭吾 光文社文庫 2020年4月20日初版 一人娘の結婚を案

記事を読む

『鍵のない夢を見る』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『鍵のない夢を見る』辻村 深月 文春文庫 2015年7月10日第一刷 誰もが顔見知りの小さな町

記事を読む

『高校入試』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『高校入試』湊 かなえ 角川文庫 2016年3月10日初版 県下有数の公立進学校・橘第一高校の

記事を読む

『爪と目』(藤野可織)_書評という名の読書感想文

『爪と目』藤野 可織 新潮文庫 2016年1月1日発行 はじめてあなたと関係を持った日、帰り際

記事を読む

『いやしい鳥』(藤野可織)_書評という名の読書感想文

『いやしい鳥』藤野 可織 河出文庫 2018年12月20日初版 ピッピは死んだ。い

記事を読む

『なまづま』(堀井拓馬)_書評という名の読書感想文

『なまづま』堀井 拓馬 角川ホラー文庫 2011年10月25日初版 激臭を放つ粘液に覆われた醜悪

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月2

『逆転美人』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『逆転美人』藤崎 翔 双葉文庫 2024年2月13日第15刷 発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑