『個人教授』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文
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『個人教授』(佐藤正午), 佐藤正午, 作家別(さ行), 書評(か行)
『個人教授』佐藤 正午 角川文庫 2014年3月25日初版
桜の花が咲くころ、休職中の新聞記者であるぼくは一つ年上の女と酒場で再会し、一夜をともにする。そして数ヶ月後、酒場を再び訪れたぼくが聞いたのは、二十八歳の彼女は妊娠しているという噂だった。しかも彼女は行方不明。父親はぼくなのか? ならば、なぜ彼女は妊娠していることを知らせないのか? 教授、魅力的な夫人、十七歳の少女、風変りな探偵 - さまざまな人々とめぐり会いながら、ぼくは彼女の行方を追う。(角川文庫)
主人公の松井英彦は27歳の独身で、大手新聞社に勤めるエリート記者なのですが、(この手の人間にはありがちな)ややスカした、如何にも人を見下したようなところがあります。
本作の主人公はなぜモテるのか? 世間に疲れ、酒と女に逃れ、一年を無為に過ごす男。男とはこうまで弱い生きものなのか。であるとか、
優柔不断で自分では何も決められないのもそうだし、なんとなく開き直っている感じがして好きになれなかった。とか、
よく考えなくてもサイテー男なんだけど、「女心なんてサッパリわからん! でも好き」という素直?な男の人がモテるのかもな~。といった感想があります。
いい大学を卒業し、誰もが知る大手新聞社の記者ではありながら、ことさら女にだらしなく、しかし女心をわからず理屈ばかりの自信家で、それでいて頼りなくもあり、偶然知り合ったどこの誰とも知らぬ中年男を「教授」と呼び、二人して夜毎酒を飲み歩き、
あげく50歳に手が届こうかという、市内で最も大きい総合病院の死にかけた前理事長の妻の愛人として月に幾ばくかの手当てを貰う、そんな暮らしをしています。彼は会社を辞めたふうを装っていますが、実は1年間の休職しているだけのことです。
・・・・・・・・・
男にとってこの世でいちばん頭の痛い存在は妊娠した女である。
こんな文章ではじまるこの小説の主題は、額面通りに読むと「ある男性の子供をはらんだ女性がいて、その女性がその男性に妊娠を告げない場合があるか否か」というものです。
※ここから先は「教授」が松井英彦にした「講義」の内容です。
今年になって彼はある女性と知り合い、すぐに怠惰な関係を持った。おそらくは3月の末から4月の初めにかけてのある夜、彼はその女性と(出合い頭に)抜き身のセックスをした。女性の年齢は28歳。一つ年上の独身で、彼女は美容師をしている。
数ヶ月後、彼は彼女とある酒場で偶然再会する。それからまた数ヶ月が過ぎた頃、彼は彼女と再会した店を久しぶりに訪れ、ある噂を耳にする。それは彼女が12月のなかばに出産を控えているというものだった。
いまだ独身のはずの彼女が、子供を産もうとしている。その子供の父親というのは、(つらつら考えるに)自分(彼)ではないのか。予定日を遡り計算してみると、その可能性は非常に濃厚であるように思われる。
それが事実と仮定して、なら、なぜ彼女は妊娠を彼に告げなかったのか。なぜいまだに告げようとしないのか。これはきわめて大きな疑問であるが、一つだけ明確にわかっていることは、彼女が子供を欲しているという点である。
彼女は、彼女の現在の年齢や他の事情を察するに、まちがいなく自分の意志で子供を産もうとしている。- そこで、松井英彦に向かって教授はこう力説します。
彼女がいま貫こうとしている意志は、実に男性側の盲点をついている。(中略)妊娠した女性の男性を見る眼ざしは変わりつつあるのか。時代が存在を規定するのか。男性の意志をおきざりにし、ただ一人で出産に臨もうとしている彼女は、すでにわれわれよりもずっと先を歩いているのか。
これはぜひきみに確かめてもらいたい。きみはなんとしても、彼女の意志の内容を調査するために、当人に会いに出かけなければなるまい。
そう言われた松井英彦は、行方不明の彼女を捜すうち、とある探偵と知り合いになります。
※ちょっと意外だったのは、主人公に対する風当たりがことのほか強いことです。多くは若い読者の偽らざる気持ちなのでしょうが、それにしてはひどい言われようです。佐藤正午にしてみれば、たぶん、それが言いたくて書いた話ではないと思うのですが。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆佐藤 正午
1955年長崎県生まれ。
北海道大学文学部中退。
作品 「永遠の1/2」「Y」「リボルバー」「アンダーリポート/ブルー」「彼女について知ることのすべて」「ジャンプ」「鳩の撃退法」「月の満ち欠け」他
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