『冷蔵庫を抱きしめて』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『冷蔵庫を抱きしめて』(荻原浩), 作家別(あ行), 書評(ら行), 荻原浩

『冷蔵庫を抱きしめて』荻原 浩 新潮文庫 2017年10月1日発行

幸せなはずの新婚生活で摂食障害がぶり返した。原因不明の病に、たった一人で向き合う直子を照らすのは(表題作)。DV男から幼い娘を守るため、平凡な母親がボクサーに。生きる力湧き上がる大人のスポ根小説(「ヒット・アンド・アウェイ」)。短編小説の名手が、ありふれた日常に訪れる奇跡のような一瞬を描く。名付けようのない苦しみを抱えた現代人の心を解き放つ、花も実もある8つのエール。(新潮文庫)

単純な私は、タイトルを見てすぐに竹内まりやの『家に帰ろう』という歌を思い出しました。

恋するには遅すぎると
言われる私でも
遠いあの日に
迷い込みたい気分になるのよ
キスすることもなくなった
初恋のあなたが

嫌いになったわけじゃないけど
素直になれないの
冷蔵庫の中で凍りかけた愛を
温めなおしたいのに
見る夢が違う 着る服が違う
いちどは信じ合えたふたりなら

心帰る場所はひとつ
いつものMy sweet sweet home

単に冷蔵庫つながりというだけで、もちろんのこと、この通りの小説というわけではありません。しかし、あながち別ものだとも言い切れない。どこか似たような雰囲気があります。

表題作の「冷蔵庫を抱きしめて」は、新婚旅行から帰国したばかりの新妻・直子が、夫・越朗に関して、付き合った当初から今に至るまで知ることのなかった「異質な存在」としての彼を、如何様に取り込んで、どう「消化」してゆくかという物語です。

同い年で、何もかもが相性抜群だと思っていた越朗との新生活で、直子は、実は越朗の日常的な食事の好みが彼女とはまるで違うとわかり、ひどく混乱することになります。それを気にするあまり、彼女はかつて患っていた摂食障害をぶり返します。

最初は拒食症。それが反転し、次は過食症になります。仕事帰りのスーパーで、直子は大量の食料を買うようになります。料理を頑張るつもりで買った冷蔵庫は大型で、使い始めの頃はがらんとしていたものが、今はぎっしりと、余すところなく食材が詰まっています。

結局は吐き出してしまうのですが、今の直子は、冷蔵庫が隙間なく埋まっていないことには安心できません。そこにある食べものたちが自分の体の中の隙間も埋めてくれる。彼女はそんな気持ちになっています。

(と、まあ)直接的には摂食障害の話でありながら、この物語が言わんとするのは、好みや趣味や考え方がまるで一緒に思えた夫・越朗でさえも、一皮むけば自分が知らない世界の「異人」であるということ。

「異人」=「異物」をそれとして受け入れ、いかに馴染み、馴染ませてゆくのか。それが「愛」本来の形で、互いの夢や着る服の好みが違えども「だから一緒に暮らせない」などということはないのだということ - 直子より先に、越朗はそれを十分理解しています。

幻だけの恋ならば
100回でもできる
それならふたりここで暮らそう
100才になるまで

居心地のよさに
決して甘えないで
やさしさも忘れないで
好きな歌違う 選ぶ絵も違う
でもいちばん私を知っている

見飽きたはずのあなたでも
いとしいMy sweet sweet home
いつものMy sweet sweet home
いとしいMy sweet sweet home

この本を読んでみてください係数 85/100

◆荻原 浩
1956年埼玉県大宮市生まれ。
成城大学経済学部卒業。

作品 「オロロ畑でつかまえて」「コールドゲーム」「明日の記憶」「誰にも書ける一冊の本」「あの日にドライブ」「四度目の氷河期」「二千七百の夏と冬」「海の見える理髪店」他多数

関連記事

『ひりつく夜の音』(小野寺史宜)_書評という名の読書感想文

『ひりつく夜の音』小野寺 史宜 新潮文庫 2019年10月1日発行 大人の男はなかな

記事を読む

『北斗/ある殺人者の回心』(石田衣良)_書評という名の読書感想文

『北斗/ある殺人者の回心』石田 衣良 集英社 2012年10月30日第一刷 著者が一度は書き

記事を読む

『あのひとは蜘蛛を潰せない』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『あのひとは蜘蛛を潰せない』彩瀬 まる 新潮文庫 2015年9月1日発行 ドラッグストア店長の

記事を読む

『ルパンの消息』(横山秀夫)_書評という名の読書感想文

『ルパンの消息』横山 秀夫 光文社文庫 2009年4月20日初版 15年前、自殺とされた女性教

記事を読む

『ロスト・ケア』(葉真中顕)_書評という名の読書感想文

『ロスト・ケア』葉真中 顕 光文社文庫 2015年4月20日第6刷 戦後犯罪史に残

記事を読む

『沈黙博物館』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『沈黙博物館』小川 洋子 ちくま文庫 2004年6月9日第一刷 耳縮小手術専用メス、シロイワバイソ

記事を読む

『リバース』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『リバース』湊 かなえ 講談社文庫 2017年3月15日第一刷 深瀬和久は平凡なサラリーマン。自宅

記事を読む

『連鎖』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『連鎖』黒川 博行 中央公論新社 2022年11月25日初版発行 経営に行き詰った

記事を読む

『砕かれた鍵』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『砕かれた鍵』逢坂 剛 集英社 1992年6月25日第一刷 『百舌の叫ぶ夜』『幻の翼』に続くシリ

記事を読む

『月の上の観覧車』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『月の上の観覧車』荻原 浩 新潮文庫 2014年3月1日発行 本書『月の上の観覧車』は著者5作目

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『朱色の化身』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『朱色の化身』塩田 武士 講談社文庫 2024年2月15日第1刷発行

『あなたが殺したのは誰』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文

『あなたが殺したのは誰』まさき としか 小学館文庫 2024年2月1

『ある行旅死亡人の物語』(共同通信大阪社会部 武田惇志 伊藤亜衣)_書評という名の読書感想文

『ある行旅死亡人の物語』共同通信大阪社会部 武田惇志 伊藤亜衣 毎日

『アンソーシャル ディスタンス』(金原ひとみ)_書評という名の読書感想文

『アンソーシャル ディスタンス』金原 ひとみ 新潮文庫 2024年2

『十七八より』(乗代雄介)_書評という名の読書感想文

『十七八より』乗代 雄介 講談社文庫 2022年1月14日 第1刷発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑