『コンビニ人間』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文
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『コンビニ人間』(村田沙耶香), 作家別(ま行), 書評(か行), 村田沙耶香
『コンビニ人間』村田 沙耶香 文藝春秋 2016年7月30日第一刷
36歳未婚女性、古倉恵子。大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。これまで彼氏なし。日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打ち、清潔なコンビニの風景と「いらっしゃいませ! 」の掛け声が、毎日の安らかな眠りをもたらしてくれる。ある日、婚活目的の新入り男性、白羽がやってきて、そんなコンビニ的生き方は恥ずかしいと突きつけられるが・・・・・・・。「普通」とは何か? 現代の実存を軽やかに問う衝撃作。第155回芥川賞受賞作。(文藝春秋)
「白羽さんは、縄文時代の話が好きですね」と恵子が言うと、
「好きじゃない。大嫌いだ! でも、この世は現代社会の皮をかぶった縄文時代なんですよ。大きな獲物を捕ってくる、力の強い男に女が群がり、村一番の美女が嫁いでいく。狩りに参加しなかったり、参加しても力が弱くて役立たないような男は見下される。構図はまったく変わってないんだ」- 白羽は怒ったようにそう言い返します。
「はあ・・・ 」- 熱心に喋り続ける白羽に対し、恵子は間の抜けた相槌しか打つことができません。
「古倉さんは、何でそんなに平然としているんですか。自分が恥ずかしくないんですか? 」
「バイトのまま、ババァになってもう嫁の貰い手もないでしょう。あんたみたいなの、処女でも中古ですよ。薄汚い。縄文時代だったら、子供も産めない年増の女が、結婚もせずムラをうろうろしているようなものですよ。ムラのお荷物でしかない。俺は男だからまだ盛り返せるけれど、古倉さんはもうどうしようもないじゃないですか」
露骨なまでの中傷に、恵子は(内心で)こんなことを思っています。
さっきまで文句をつけられて腹をたてていたのに、自分を苦しめているのと同じ価値観の理屈で私に文句を垂れ流す白羽さんは支離滅裂だと思ったが、自分の人生を強姦されていると思っている人は、他人の人生を同じように攻撃すると、少し気が晴れるのかもしれなかった。
恵子の反応は、およそ自分とは別の人間に対して言われたように冷静といえば冷静。しかし、あまりに鈍感にすぎるともいえる彼女は、そもそも人と同調するのが極端に苦手な人物で、それは幼い頃からそうで、36歳になった今も何ら変わることがありません。
であるからこそ、18年という長きにわたりコンビニのアルバイト店員であり続けているわけです。揃いの服を着用し、定められたマニュアル通りに仕事をこなしていく。そこで働く同僚たちは余計なことを言いません。皆が一様にコンビニ店員であろうとしています。
清潔感に溢れ、整然と商品が並び、規則通り過不足なく機能するコンビニにいて、はじめて恵子は自分が「人間」であると実感できるのでした。
「古倉さんも、もう少し自覚したほうがいいですよ。あんたなんて、はっきりいって底辺中の底辺で、もう子宮だって老化しているだろうし、性欲処理に使えるような風貌でもなく、かといって男並みに稼いでいるわけでもなく、それどころか社員でもない、アルバイト。はっきりいって、ムラからしたらお荷物でしかない。人間の屑ですよ」
尚も白羽は恵子を罵倒し続けます。ところが、(読むとわかるのですが)白羽は恵子以上に一般社会における不適合者で、人を悪し様に言う割には碌な人間ではありません。世間から身を隠し、何もせず、寄生虫のように暮らしたいと言って憚りません。
仕事もせず - 彼は恵子の働くコンビニを早々にクビになっています - 行くあてもない白羽に対し、恵子はある提案を持ちかけます。
36歳にもなった女性はそういう状態でいる方が世間的には通りが良いという理由だけで(つまりは周囲の人間の目を欺くだけの目的で)、恵子は白羽に対し、同居してはどうかと持ちかけます。(彼女が言う同居とは、単に寝る場所を提供するというくらいの意味です)
それは恵子にとって如何にも理にかなう提案に思え、言われた白羽は、思いもよらぬ申し出にしばし言葉を失くします。
※恵子には邪心というものがありません。人を忖度する、そもそもの感情が著しく欠けています。それを補うために、人の話を真似て話すことで同調しているように振る舞っています。彼女には自らが選び取った、人とは違う、生きる上での「マニュアル」があります。
この本を読んでみてください係数 90/100
◆村田 沙耶香
1979年千葉県印西市生まれ。
玉川大学文学部芸術学科芸術文化コース卒業。
作品 「授乳」「ギンイロノウタ」「ハコブネ」「殺人出産」「しろいろの街の、その骨の体温の」「消滅世界」など
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