『身の上話』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『身の上話』佐藤 正午 光文社文庫 2011年11月10日初版


身の上話 (光文社文庫)

あなたに知っておいてほしいのは、人間にとって秘密を守るのはむずかしいということです。たとえひとりでも、あなたがだれかに当せんしたことを話したのなら、そこから少しずつうわさが広まっていくのは避けられないと考えたほうがよいでしょう。不倫相手と逃避行の後、宝くじが高額当選、巻き込まれ、流され続ける女が出合う厄災と恐怖とは。(「BOOK」データベースより)

これからあなたは実にバカバカしい、しかし笑うに笑えない極上のエンタメ小説(あるいはスリリングなサスペンス小説)を読むことになります。

きっかけは1枚300円の宝くじ。もしもあなたが職場の同僚に頼まれて宝くじを買いに行ったとします。但し、あなたは買いません。そもそも買う気がありません。ところが、買った中の1枚が1等賞金2億円の当たりくじだったとしたらどうでしょう?

頼まれたのが古川ミチル。頼んだ人が沢田主任と立石さんと初山さん。4人は市内に三つの店舗をかまえる老舗書店の、アーケード商店街にある本店に勤務する女性社員の面々です。

その日、たまたま昼休み前に仕事場を抜けようとしていたミチルに、初山さんから声がかかります。初山さんは財布の中から1,000円札を3枚取り出して、こう言いました。「古川、やっぱり、あたしのぶんもお願い」- これから始まる、これが全ての発端となります。

頼まれた通りに宝くじを買ったまではよかったのですが、そのあとミチルは、思いもよらない行動に出ます。

ミチルにとって宝くじなどはどうでもよく、彼女はほかに大事な目的があって職場を抜け出しています。彼女がしたかったのは、出張を終え東京へ戻るという不倫相手の豊増一樹をバス停まで出向き見送ることでした。

別れ難さゆえ、バス停のつもりが空港までになり、あげくミチルは、豊増と共に成田行きの飛行機に搭乗すると言い出します。職場放棄は勿論、頼まれた宝くじもそのままに、制服姿で、ミチルは豊増が暮らす東京へと向かうことになります。

すこし細かい話になりますが、この日、立石さんと沢田主任から渡されていたのはそれぞれ5,000円ずつでした。それに出がけに初山さんに頼まれた3,000円を加えて合計13,000円。この金額をおのおのの宝くじの枚数にあてはめると、1枚が300円なので、

立石さんと沢田主任が16枚ずつで200円のお釣り、初山さんの場合はぴったり10枚という計算になります。つまり3人ぶんあわせて宝くじは42枚しか買う必要はないわけです。このとき古川ミチルが買ってしまった宝くじは1枚だけ余計でした。

しかし彼女はまだそんな細かいことには気づいていません。立石さんと沢田主任に200円ずつ返さなければならないお釣りの計400円のうちの300円で、1枚余分な買物をしたなどという失敗は、もしその場で気づいたとしても、どうでもよい小さな話ではなかったでしょうか。それよりも、彼女は買った宝くじを・・・・・・・ と続いていきます。(本文より)

読み出した当初はともかくも、買った宝くじの中に2億円の当たりくじがあったとなって、その「現実味のなさ」に一旦は引いてしまうのですが、なんのなんの、読み進むにつれ、それが俄然「現実味を帯びて」きます。そのリアルさこそを存分に味わってください。

2億円という法外な金額の当たりくじがもたらしたものはとんでもない悲劇、というしかありません。ミチルはもとより、彼女にかかわる周辺の面々も同様で、皆が等しく不幸になっていきます。

ある者は殺され、ある者は自死し、ミチルはこの先どうすればいいかがわからず旅に出て、日本の各地を転々とします。そして行き着いた先。そこにあった幸運もまた見かけ倒しで、のちに、じつは底知れぬ不幸の上にある幻でしかなかったことがわかります。

※当選くじを銀行に持参し、無事通帳に入金されて以後のミチルは、持ち慣れない大金の入った通帳をリュックに入れ、肌身離さず持ち歩き、部屋の中でも同様にして過ごします。極度に心配するあまり、彼女は、自分のする異様な行動に何ら気付く気配がありません。

ミチルの周囲にいる彼ら彼女らは、ミチルが大金を手にしたことをとうに知っています。そのことをミチルだけが知りません。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


身の上話 (光文社文庫)

◆佐藤 正午
1955年長崎県生まれ。
北海道大学文学部中退。

作品 「永遠の1/2」「Y」「リボルバー」「個人教授」「アンダーリポート/ブルー」「彼女について知ることのすべて」「ジャンプ」「鳩の撃退法」「月の満ち欠け」他多数

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