『溺レる』(川上弘美)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2017/12/07
『溺レる』(川上弘美), 作家別(か行), 川上弘美, 書評(あ行)
『溺レる』川上 弘美 文芸春秋 1999年8月10日第一刷
読んだ感想がうまく言葉にできないので、ちょっとズルをしてプロの仕業を借りてしまいます。10年も前に買った単行本の帯に掲載されたコメントです。
「週刊宝石」亀和田武氏
「カフカが性をテーマに小説を書いたら、こんなふうになるのだろうか。しかも透明な気配が満ち満ちている。セックスと清らかな透明さ。なんという不思議な共存だろう。」
「ダ・ヴィンチ」清水良典氏
距離を決して埋められないのに、いわば心根を尽くして寄り添い抜く恋の姿、その切なさの諸相がここには描かれている。決して甘くない。むしろ噛みしだくほどに苦みの増す恋の滋味だ。」
どうです? タイトルもそうなら、コメントからも官能的な匂いがプンプンしますよね。でも、どうやらそれが単なるエロスを昇華させて、さらりと書かれているらしい。そして、淡々とした描写のなかにも、しっかりと男女を繋ぐ機微が表現されているというわけです。
繰り返しますが、私はうまく感想が言えません。ただ、川上弘美という作家が、これぞ作家だと言える作家であることだけは分かります。あんな文章は、誰もが書ける文章ではありません。あんな感覚は、たとえ感じていたとしても凡人には表現する術がないのです。
女性の皮膚感覚、ですか。私は男ですから確かなことは言えませんが、多分世の女性が読むとおそろしく共感を呼ぶのでしょう。体温をもった躰の感覚が、言葉を駆使して表現されています。その駆使されている言葉が平易で滑らかな分、より感覚が際立ちます。
この本には8つの掌編が収められていますが、私は冒頭の「さやさや」がとても好きです。
メザキさんとサクラちゃんの微妙な距離が切なく、堪らないのです。
メザキさんは、きっとサクラちゃんとはかなり歳の離れた大人の男性です。結構インテリですが、それを鼻にかけるようなことはありません。むしろ、現在の自分を否定的にみているようでもあります。
メザキさんにとって、サクラちゃんは何をおいても守りたい今一番大切な人です。しかし、その気持ちをストレートに表現するには二人の立場は違い過ぎて、シャイなメザキさんは自分の気持ちを押し留めて、なるべくさり気ない風を装っています。
お酒を飲んだ勢いで何とかサクラちゃんとキスをするメザキさんですが、サクラちゃんの方は案外冷静です。もちろん好きでなければ夜遅くまでメザキさんと付き合うことなどないのですが、だからと言ってすべてを許しているかというとそこは微妙なところです。
夜明け近く雨になると、サクラちゃんはオシッコがしたくて我慢できなくなります。
夜の闇と草の茂みに隠れているとはいえ、男性のすぐ傍でオシッコをするのはとても勇気がいることです。お尻を出してしゃがんでいる自分がここにいるのが、妙な気分でした。
サクラちゃんは、雨と一緒に葉を濡らすオシッコのさやさやという音を聞いています。
昂ぶる恋情を互いに抱きながらも、二人の関係は一線を越える手前で立ち往生しています。しかしその際どい関係こそ、性愛を越えた極の切なさを生む関係でもあるのです。
これ、私の妄想と一部願望です。小説の内容とは必ずしも一致しませんので、あしからず。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆川上 弘美
1958年東京都生まれ。本名は山田弘美。
お茶の水女子大学理学部卒業。高校の生物科教員などを経て作家デビュー。俳人でもある。
作品 「蛇を踏む」「」「センセイの鞄」「真鶴」「風花」「これでよろしくて?」「パスタマシーンの幽霊」「どこから行っても遠い町」他多数
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