『ロック母』:「ゆうべの神様」と「ロック母」(角田光代)_書評という名の読書感想文

『ロック母』:「ゆうべの神様」と「ロック母」角田 光代 講談社文庫 2010年6月15日第一刷


ロック母 (講談社文庫)

 

川端康成賞を受賞した「ロック母」もさることながら、私は「ゆうべの神様」が読みたくてこの本を買いました。「ゆうべの神様」は、角田光代が25歳の頃に書いた短編で、芥川賞候補になった作品です。しかし、候補になった小説だから読みたいと思ったのかと言うとそうではなくて、候補になりはしたけれど本人的には「本にするには値しない」作品だと思っていた、ということが気になったからなのです。
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マリは、「ぐれた娘」でした。高校の授業を抜け出し、髪を緑に染めた”スパイキーヘア”のガンジと廃墟の病院でセックスしたり、二人で万引きゲームに興じます。「二、三人殺して、この町を出る」ために、とりあえず大学へ行くつもりです。

マリの家庭環境は劣悪です。夫婦ゲンカは日常で、次々と物が壊されます。母親が喚き散らす声は響き渡り、日々近所に恰好の話題を提供しています。母親は村社会の空気が濃く残るこの町を呪い、下衆な勘繰りに終始する年寄り連中にマリは殺意を抱くのでした。

マリは、学校の礼拝堂で神について学んでいます。ガンジは、神様はいるけれどそれはマリの学校で教えているような神様ではないと応えます。マリは自分の心に住む神様と、ガンジのそれとは、きっと同じなのだと感じます。
「忘れちゃうかな」とマリが訊くと、「人の記憶は不思議で、大切なことを忘れて、どうでもいいことを覚えていたりする。神様は死ぬまでいるからどうでもいいことで、だから忘れない」とガンジは応えるのでした。

父親が、髪の長い女性と密かに会っていたり、胃潰瘍で血を吐いて入院しても、暮らしに大きな変化は起こりません。夫婦ゲンカは絶えないものの、母親の態度は明らかに病みあがりの夫を気遣って手加減をしています。結局彼らは何も失わないし、新しい傷が彼らを結び付けていくだけのことなのだ、とマリは気付くのでした。

ガンジに会えない日が続くマリでしたが、ある日久しぶりに出会ったガンジは別人のようにまともな身なりをしています。髪は黒く角刈りにしたガンジを、マリは声を限りに罵倒します。同じ神様が住んでいると信じていたガンジに裏切られたようで、気持ちを抑えることができません。

失意のマリに、もう神様は何も言ってはくれません。神様がどんな格好をしていたのかさえ思い出せません。その時、マリは一人で、あの家を燃やしてしまおうと決意します。
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「ロック母」
私は大きなお腹を抱えて、実家がある島へ帰ってきました。夕日に染まる海と島々、高速艇が着いた港は10年前とまったく何も変わっていません。迎えに来た父の軽トラで実家に向かいますが、私の出っ張ったお腹について、父は何も言いません。

母も、父と同じで大きなお腹に対しては不自然な振る舞いです。何も口にせず、見てはいけないものを見るように盗み見るだけです。仕方なく、お腹にいる子供の父親について精一杯の嘘を連ねる私です。子供の父親がこの島に来ることは、永久にないのです。

私が10年ぶりに実家へ帰ってきたのは、単純にちやほやされて、孫ができたと父母が喜び、名前をみんなで考え、買い物をしたり親戚に知らせてまわったりしたかったからです。
夫となるべき誰かがやってくれることを、家族にやってほしかったからなのでした。

しかし、私を暖かく迎え入れてくれる家はなく、母は壊れていました。

母は別段変わったようには見えませんでしたが、翌朝に事態は明らかになります。家を揺するような爆音で音楽を聴いている母を見て、私は唖然とします。私が高校の頃聴いていたCD、しかもアメリカのロックグループ、ニルヴァーナを母は大音量で聴いているのです。

ニルヴァーナを聴きながら、母は小さな人形の服を作っています。母は今、高校生の私みたいに爆音で要塞を作り、周囲の何ものも見ないようにしているのだろうか。父と別れたいと洩らした母が見つけた逃避の方法が、家事を放棄してロックを聴き、人形の服を作ることなのか...閉じこもり、無為に時間を過ごす母と父の間には、会話もありません。

今すぐにも生まれるというのに、私はまだ赤ん坊の名前も決められず、産んでからのことも分からずにいます。私は何も決めずにぐずぐずと迷い、そうしているうちに重要なことはどんどん決められてしまうんだろうと思います。きっと私はこの島に残る。そしていつか母のように全部嫌になる。産まれてくる子供も、きっと同じことを思うのだろう...

でも、私はもうニルヴァーナなんて聴かない、ファックとか言ってる場合じゃないの。頭のなかに友だちをつくることもないし、架空の銃をぶっ放したりもしないの...
なんだか間抜けすぎて笑い出したくなる。
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「ゆうべの神様」が1992年、それから13年後の2005年に「ロック母」は発表されています。25歳の角田光代は、40歳前の大人の女性になっています。二つの小説を続けて読むと、長い時間をかけて角田光代がどんな大人へと変貌したのかが、とてもよく分かります。

どちらの小説の主人公にも明るい未来の光は見えませんが、「ロック母」の私には、今の不幸と折り合いをつけて、これから先の自分を受容しようとする意思がみてとれます。「なんだか間抜けすぎて笑い出したくなる」気持ちの中には、母となる自分への覚悟と励ましの気持ちが含まれているのです。

しかし、「ゆうべの神様」が「本にするには値しない」小説だとは誰も思わないでしょう。マリやガンジにとっての神様は、我々にだっていたのですから。

 

この本を読んでみてください係数  85/100


ロック母 (講談社文庫)

◆角田 光代

1967年神奈川県横浜市生まれ。

早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。
大学在学中に初めての小説を書く。卒業して1年後に角田光代として発表したテビュー作『幸福な遊戯』で第9回海燕新人文学賞を受賞する。以後、数々の文学賞を受賞している。

作品 「まどろむ夜のUFO」「キッドナップ・ツアー」「空中庭園」「対岸の彼女」「紙の月」「八日目の蝉」「ツリーハウス」「かなたの子」「私のなかの彼女」ほか多数

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