『ニュータウンは黄昏れて』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『ニュータウンは黄昏れて』垣谷 美雨 新潮文庫 2015年7月1日発行

バブル崩壊前夜に買ってしまった分譲団地。20年近く経つ今もローンを抱え、織部頼子は節約に必死だ。その上、理事会では我儘なジジババに振り回される日々。一方、娘の琴里は27歳のフリーター。ある日、友人の三起子にイケメン資産家の彼氏を紹介される。が、彼女は失踪し、いつしか琴里が彼と婚約することに。織部家、まさかの人生大逆転?! 一気読み必至の傑作「社会派エンタメ」長編。(新潮文庫)

とても面白い。ただ面白いというのではなく、(この人の書く小説は) 為になります。

生き難く辛い人生にあっても、人はなお生きるべし - 他人もまた、思うほど楽には生きてはいないのだと。泣き笑いあり、ミステリーありで、そのことが軽やかなタッチで綴られています。

織部家の主婦・頼子は、分譲マンション購入にかかる高額ローンの残債を抱え、今も節約に次ぐ節約の日々を送っています。老朽化し、(バブル期には思いもしなかったのですが)評価額が下がる一方の「我が家」の行く末に、日毎頭を悩ませています。

そんな折、夫の勤める会社が別の企業と合併し、部長職にあった夫はいきなりに平社員にまで格下げになります。役職手当の15万円がなくなった上、基本給が大幅にカットされ、おどろくほど給料が減ります。

頼子は家計を助けるためにパートの時間を増やしたいのですが、それもままなりません。すぐにも輪番制の団地の理事が回ってきます。理事の仕事は簡単ではなく、責任も重く、理事をやるのが嫌で、順番が回る直前に引っ越してしまう住人もいると聞きます。

- バブル崩壊! この言葉を聞かなくなって久しい。あれほど騒いでいたマスコミも、もう言わなくなった。だけど自分たち夫婦には、バブル崩壊後の傷跡がいまだに重くのしかかっている。住宅ローンがまだ何年も残っている。

5,200万円もした。それも、都心からこんなに離れているニュータウン。そのうえ中古の団地。笑っちゃう。駅に近いならまだしも、なんと、駅からバス。ああ、なんで買ってしまったんだろう。頼子は大きな溜め息をついた。(P24.25)

一方、頼子の娘、琴里はというと -

なんで彼氏をここに連れてくるわけ? 今日は女子会のはずだよ。- 久しぶりに三人で会おうよ。そう言って電話してきたのは、三起子、あなただよね。(P7)

この時、三起子が連れてきたのは、服装もキマったイケメンで、代々地主の家柄で、都心にたくさんの貸しビルやマンションを所有している家のひとり息子の、黛環(まゆずみ・たまき)と名乗る、いかにも落ち着いた話し方の、大人の男を感じさせる人物でした。

三起子は、琴里に対し思いもしない話を持ちかけます。環と二人で観に行く予定だったオペラを、法事で行けなくなった自分の代わりに、(環と琴里の)二人で行けばどうかと。一席6万円もするチケットは捨てるにはもったいないと。それを琴里にプレゼントすると。

いくらなんでも友だちの彼氏と二人だけで行くなんて気が引ける、さらには初めてオペラを観たあとする環との会話を思うと、琴里は正直言って気疲れしそうだとも思います。しかし、三起子の常ならざる熱心な誘いにとうとう琴里は、環と二人してオペラへ行くことに同意するのでした。- と、その別れ際。

「琴里、今日はありがとう」
「それじゃあまたね。次回は朋美と三人で会おうね」そう言いながら、席を立った。

出口のところで振り返ってみると、三起子はこちらをじっと見ていた。ぞっとするような鋭い目つきだったが、目があった途端、営業スマイルに変わった。そのときは、あとになって三起子に恨みを抱くようになるとは知る由もなかった。(P23)

琴里は大学を卒業したあと、家の近くにある持ち帰り寿司店でアルバイトをしています。入社式直前になり、就職が内定していた食品会社が倒産してしまい、やむなくのことです。中々に思うような就職先が見つからず、不如意な日々を過ごしています。

琴里には、返済せねばならない「借金」があります。美大を卒業した年の秋、銀行から届いた請求書には480万円とあります。大学4年間の学費として借りた教育ローンの元金で、彼女は月額27,000円、利子を含め20年間で、総額650万円を返済しなければなりません。

母・頼子を苦しめる住宅ローン。娘・琴里が抱える教育ローン。二人は、暗澹たる未来を如何にして切り開くのか。抱え切れない債務と、どう向き合うのか。あなたは、(335ページあたりで) きっと泣きます。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆垣谷 美雨
1959年兵庫県豊岡市生まれ。明治大学文学部文学科(フランス文学専攻)卒業。

作品 「竜巻ガール」「リセット」「夫のカノジョ」「老後の資金がありません」「あなたの人生、片づけます」「農ガール、農ライフ」「子育てはもう卒業します」他多数

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